恐怖 ★★★

恐怖 [DVD]恐怖
2010 ヴィスタサイズ 94分
DVD
脚本■高橋洋
撮影■芦澤明子 照明■金沢正夫
音楽■長嶌寛幸 美術■井上心平
視覚効果■松本肇
監督■高橋洋

■脳外科医である母親の狂った脳実験に巻き込まれる姉妹を通じて、地獄とはなにか、真の恐怖とはなにかと追及する、実験映画。あるいは映画による、何かの実験。Jホラーの最終兵器、高橋洋恐怖博士が満を持して贈る、監督作。
■マッケンの傑作怪奇小説「パンの大神」をモチーフにしたということで、期待大だったが、あまり芳しい評判を聞かなかったので、後廻しになっていたのだが、これは確かに異様な怪作。普通の観客が望むホラー映画とは、目指す世界がはなから異なっている。脳のシルビウス裂を刺激することで人間を霊的に進化させようとするマッドな脳外科医が手下を使ってオウム真理教のような暗躍を繰り広げるのだが、餌食となるのが美姉妹だったりするあたりが、高橋洋の趣味全開で、「インフェルノ・蹂躙」を部分的に再現して見せる。ただ、怪奇SF的な趣向は盛りだくさんだが、怪奇映画的なドラマ性は十分に展開できておらず、映画の演出としては、やはり限界を感じさせる。ドラマとしては「インフェルノ・蹂躙」の方が練れている。
■映画としての演出的な問題は、全編にわたって沢山あるので、いちいち詮索はしないが、満州帝国の人体実験記録映画に映された謎の光を中心として、人間の英知と感覚を超えた恐怖存在として、光を設定したところに、この映画の、というか高橋洋の発想のユニークさがある。その発想は、映画の映像表現としての限界を超えているので、制作陣も観客も、唖然とするしかないのだが、これは高橋洋による平成ウルトラシリーズに対する批評ではないか。長谷川圭一によって奇妙な宗教性を帯びてしまった、平成ウルトラシリーズの”光”教的な胡散臭い側面を真っ向から批判しているように思えるのだ。もちろん、この映画にウルトラマンは登場しないが、あの光の奥から現れる人間の知覚を超えた絶対恐怖とは、実はウルトラマンのことではなかったか。あるいはラストに登場する太陽こそ、「ウルトラQ」で太陽と一体化したバルンガそのものではなかったか。高橋洋円谷プロ作品のイコンを頼りに、宇宙的な恐怖を描いて、ラブクラフトに迫っているのではないか。
■正直なところ、Vシネマ以下の低予算映画で、特に男優陣の貧者さは致命的。高橋長英はいいけど、年齢的に刑事には見えませんわ。ほかにも何人も出てくるが、すべて自主映画に毛の生えたような頼りない役者ばかりで、ほんとにげんなり。一方、この映画を救ったのは女優陣の頑張りで、主演の藤井春菜は、沢口靖子を思わせる整った顔立ちが、この映画の正気を担保して、映画の背骨になっている。姉の中村ゆりが、また凄いことになっており、後半の変貌ぶりが圧巻だ。ちゃんと演技で恐怖を見せることに成功している。メイキング映像の素の表情との落差がものすごく、演技派であることを実感する。姉妹の母親が片平なぎさだが、ベテランの貫録を見せて、怪奇女優として成立している。照明で無理やり顔の皺とかたるみを隠そうとはせず、年齢相応の、等身大の女を演じているのは、本当に偉い。よくぞ付き合ったよ、こんな変な映画に。
■製作はジェネオン・ユニバーサルほか、製作はオズ。

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