ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破
2009 ヴィスタサイズ ?分
MOVIX京都(SC3)
企画■庵野秀明 原作■庵野秀明 脚本■庵野秀明
作画監督■鈴木俊二、本田雄、松原秀典、奥田淳
音楽■鷺巣詩郎 監督■摩砂雪、鶴巻和哉
総監督■庵野秀明
■キメの細かい、丁寧なアニメで、押井守のクオリティに迫っているのは素直に楽しいし、中盤の3機揃って使徒を食い止める見せ場までは冗談も効いて大いに盛り上げてくれるのだが、シンジがNERVを出て行くというイベントが前作に引き続いて繰り返されるのはどうかと思うし、その後は作画のレベル的には見所だが、どんどん暴走し始める庵野秀明の演出は、やっぱりあざとくて、なんだよ結局ぜんぜん大人じゃない。一応、庵野秀明は同年代なので言っておくが、もう若くはないのだから、若い世代、次の年代に対する責任の取り方をもう一度考え直すべきだ。
■単純に言って、やっぱり生理的に気持ち悪いアニメ。横浜聡子の「ウルトラミラクルラブストーリー」の気持ち悪さにも通じるところがあり、昨今の若者向けの”エッジのきいた映画”とやらはいったい何を目指しているのか、訳が分からない。そういえば、両作ともにけだものがむさぼり喰う場面がグロテスクに描かれるのだが、何か時代的な象徴なのか?何の符合なのか?
■「ガンヘッド」「帰ってきたウルトラマン」、「怪奇大作戦」ときて「太陽を盗んだ男」のテーマ(名曲)が大音響で劇場に流れる場面では男泣きに酔うことができたが、終盤の「今日の日はさようなら」とか「翼をください」とか、映画版クレヨンしんちゃんじゃないんだから、ほんといい加減にして欲しい。物語については、完結していないからあまり触れたくもないが、本来、劇映画ではマクガフィンとかお宝とか呼ばれる、登場人物を動かすための名目の部分が肥大化して、”謎”の設定ばかりが突出するスタイルは、TV版の登場後アニメ、特撮界に大きな悪影響を残したが、そうした部分は次回作で納得できる解決を迎えることができるのか。この部分の責任が本当に取れるのかとうかは、かなり大きな問題のはずだ。終盤の、もうなんでもアリの大風呂敷展開では、長谷川圭一が近年の映画版ウルトラマンで描いたファンタジー路線に対する落胆と同質のものを感じた。これがSFってものか?いや、ダークファンタジーと考えるのが正しいのか。
■先日のテレビ版では妙に画調がソフトフォーカスなタッチなので、原版作成が拙いのかと思いきや、本作も相当にソフトフォーカスなので、押井守以降の流行のようだ。