女ひとり ミヤコ蝶々物語
NHK教育 劇場への招待
2008 大阪松竹座
原作■日向鈴子 脚本・演出■マキノノゾミ 脚本■鈴木哲也 音楽■岸田敏史
出演■沢口靖子、斉藤洋介、風間トオル、西川きよし、紅萬子、高汐巴、菅野菜保之、芦屋小雁、島崎敏郎
■沢口靖子がミヤコ蝶々を演じるという意表を突く発想が懸念された本舞台だが、意外や意外になかなか見せる舞台に仕上がっている。マキノノゾミの戦略の勝利だろう。戦中から戦後、万博の時代を経て、大往生するまでの堂々たる年代記である。
■前半はまあ普通の展開なのだが、中盤の夫婦善哉の公開録画場面で紅萬子が怪演を見せるあたりから勢いがついてきて、NHKドラマ初主演の場面では、西川きよし演じる父親が息を引き取る場面を情感と華やかさを併せ持つ場面として仕立てた演出の冴える名場面となる。人死にで泣かせるのではなく、死出の道行きを西川きよしと先に死んだ高汐巴の道行として、娘蝶々を晴れ姿を祝いながら花道を去ってゆく趣向は、大衆演劇的な見せ場の作り方としては理想といえるだろう。この死生観はラストにも繰り返され、蝶々の死を華やかに締めくくることになるのだが、この演劇のメインとなる観客層(蝶々の全盛期を知る高年層)にとってみては、間近に迫る死は決して悲惨なものではないと納得させる効果を併せ持つのだろう。同様の趣向はマキノ雅弘の「色ごと師春団治」でも見られたお馴染みのものだろうが、こちらのほうがうまくいっている。
■斉藤洋介は活舌の悪さはもう大目にみるしかないだろうが、蝶々を慕う大阪人の代表として登場する紅萬子が沢口靖子に欠ける大阪人の情の部分をしっかりと担って大活躍。風間トオルもなかなかの好演で、意外な実力を見せる。西川きよしも、演技的にはどうかと思っていたが、冥土に去る場面は、NHKの中継編集の巧さもあって、さすがに感動的だ。
■しかし、この舞台での爆弾は沢口靖子のとてつもない演技で、それは回りの誰ともかみ合っているようで誰ともかみ合っていない、一人芝居のようなマイペースぶりで、圧倒的に凄い。沢口靖子の眼は常に表情を変えず、泣いていても笑っていても、眼だけは常に不動で、どこか我々とは違う世界を凝視し続けているのだ。こうした視線のあり方は若い頃の黒木瞳にも感じられたが、黒木瞳はその後結婚もして、近年はすっかり普通の人間の表情に落ち着いてしまったというのに、沢口靖子だけはその超絶的な眼差しを今も維持しているのだ。
■でも、沢口靖子のお人形さんのような綺麗さも久しぶりによく発揮されており、その孤高のスター性は素直に感心しますよ。ここまでくるともう沢口靖子のカリスマ性と呼ぶべきかもしれない。