火垂るの墓 ★★☆

火垂るの墓
2008 ヴィスタサイズ 100分
MOVIX京都(SC10) 
原作■野坂昭如 脚本■西岡琢也
撮影■川上皓市 照明■水野研一
美術監修■木村威雄 美術■中川理仁
VFXスーパーバイザー■落合信人 音楽■Castle in the air
監督■日向寺太郎

■おなじみの有名小説の実写映画化で、どうしても高畑勲の怨念こもったアニメ映画と比較される不遇な映画として産み落とされたわけだが、日向寺太郎の演出は、師匠の黒木和雄譲りの淡々とした語り口で、あえて悲惨な戦争や戦時下の人間の醜さを激しく抉り出そうとはしない。

■今回の映画化では、実写映画の宿命として、病み衰えてゆく妹をリアルに描くことはできないわけで、映画のテーマ設定を他の部分で工夫する必要があるのだが、それを戦争未亡人(池脇千鶴)のもとに転がり込んで戦争忌避している学生(山中聡)を設定して、今回の映画化のテーマをはっきりと語っている。兄とこの学生のやりとりの場面はよく演出されており、山中聡の演技に多少問題があると思うが、作者の主張がよく表れている。しかし、問題なのはこの人物のその後の収拾が不完全という点で、空襲に紛れて町内会長(原田芳雄)に殺されるという顛末は、もっと突っ込んで激しく描かないと、主人公に対するインパクトを十分に構成しないだろう。さらに言えば、この町内会長の考え方というものがよく描かれておらず、行動に唐突さを感じてしまうのは、残念なことだ。

■もうひとつの工夫は、出征して生死不明の父親に代わる校長という人物を設定して、その一家が辿る無残なエピソードによって、天皇と戦争の意味を投げかけた点だ。しかし、これも演出の力点としては弱く、さらりと流されてしまう。兄妹が孤立してゆく部分も、どこかのんびりと牧歌的なイメージで、追い詰められて挫けてゆくという表現にはなっていない。

■しかし、日向寺太郎の演出がすべて柔和というわけではなく、冒頭の母親(松田聖子)の変わり果てた姿を提示して、戦争下の残酷さの中に観客を放り込む語り口はよく効いているし、なにより主役の吉武怜朗から誠実な演技を引き出したのはお手柄だろう。実際、この映画は14歳の少年を主役として、14歳の戦争を描いた青春映画なのだから。そして、14歳の戦争の相手とは敵国アメリカではなく、戦時下の日本社会および日本人そのものであったというところが強調されたのが、本作の目論見でもあったのだろう。本作オリジナルのラストシーンの意味には、日本人は自分自身のありように負けたのだということも含まれているだろう。

■簡単に言ってしまうと、悪くはない。しかし、押しが足りない。ということだろうか。西宮のおばさん役の松坂慶子なども、それほど巧いとは思えず、新劇系でもっと上手い女優がいるはずだがなあと感じてしまう。ただ、日向寺太郎の演出スタイルには、往年の撮影所出身の監督や、自主映画出身の監督とも異なるある種の繊細さが感じられるので、まだまだ化ける余地があると思う。次はオリジナル作品をお願いしたい。★の数はちょっと辛目にしておいた。低予算のはずだが、いいスタッフが揃っているので、映像には一片の貧乏くささも無い。

■製作はテレビ東京バンダイビジュアルポニーキャニオンほか。


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