ありふれたちっぽけな人生が無残に打ち砕かれる残酷さが、真情をもって胸に迫る『クローバーフィールド/HAKAISHA』 ★★★★

CLOVERFIELD
2008 ヴィスタサイズ 85分
MOVIX京都(SC4)

■上映時間がたった85分と短い上に、エンドクレジットが約10分あるので、実質75分の、ほとんど中篇映画である。素人の撮ったビデオ映像によって、謎の巨大怪獣に襲撃されたNYの街と人を描くというスタイルで統一された映像設計は、宣伝文句の”アトラクション・ムービー”というよりも、前衛映画に近い。そのもの珍しさだけが値打ちの映画かと思いきや、アメリカにおける9・11のトラウマを率直に物語った、予想外の力作であり傑作であった。

■既にスピルバーグが「宇宙戦争」で理不尽な破壊と殺戮の渦中に叩き込まれた市井の男の物語をリアルな臨場感で描き出し、韓国の異才ポン・ジュノが「グエムル」で白昼堂々と姿を現した怪物が日常風景の中で捕食を行うさまが、これも怪獣映画としては画期的な臨場感をもって表現されていたわけで、これ以上何がありうるのか、と構えて観た訳だが、それぞれの美点を消化し、さらに一歩踏み出したという実感が、シンプルな物語の中にこもっている。

■もちろん、日本の怪獣映画を下敷きにしているのだが、スピルバーグの「宇宙戦争」の影響が多大に感じられる。しかも、「宇宙戦争」がシンプルな物語にティム・ロビンスの捻ったエピソードを付加していたのに比べ、あくまで単純なストーリーラインだけで押し切った潔さと、そのシンプルな物語がラストで小さな華を咲かせる様に、場違いな感動を覚える。不条理で巨大な災厄に見舞われて、情報不足のなか、何がどうなっているのか全くわからないままに、逃げ回り、或いは恋人を救助するために決死行を試みるが、その結末として、ありふれたちっぽけな人生が無残に打ち砕かれる残酷さが、真情をもって胸に迫る。この映画が怪獣映画としてのカタルシスではなく、怪獣という象徴に押し潰される人間のほうにあくまで焦点が結ばれている点が、この映画の成功の鍵だろう。それは9・11の破壊のなかで押し潰された人たちの、或いは東京大空襲焼夷弾に焼かれて死んだ人たちの、最期に見た光景そのものと重なっている。そして、今もなお世界中の人々の脳裏に焼きつく漠然とした不安な空気と繋がっている。シンプルな構成の中で、そうした普遍性をもつ寓話として成立しているところが、この映画の傑作たる所以だ。

■実際の撮影は民生のデジタルビデオカメラではなく、シネアルタが使用されたようだが、その映像スタイルの斬新さは、凄まじい。ガクガク震え、ビュンビュン振り回されるキャメラは、確かに車酔いのような生理反応を引き起こすのも無理ないだろう。激しくカットが切り替わる部分や、走りながら撮ったシーンはガクガク震えるので、瞬きしてやり過ごすのが賢明な見方だろう。しかも、映像的には解像度と色調を荒らしてあるが、音響効果はバリバリのスカイウォーカーサウンドで、劇場内がまさに都市破壊の現場と化す。EV社のスピーカーが生々しいTOHOシネマズ二条で観たら、確実に難聴になるぞ。

■肝心の怪獣も、後半にはかなりはっきりと見せる。足元などのパーツしか見せないのかと思いきや、ちゃんと派手なスペクタクルも見せる。巨大怪獣本体のみでなく、怪獣からバラバラと剥がれ落ちる(?)寄生虫のような小型怪獣の恐怖も、「空の大怪獣ラドン」のメガヌロンを踏襲して、暗闇の地下鉄で大活躍し、東宝怪獣映画に対するオマージュも抜かりない。

VFXの完成度も極めて高く、特に「トゥモロー・ワールド」や「魔笛」等で有名なダブル・ネガティブが担当したデジタル合成の妙技は想像以上の精度である。怪獣のCGはティペット・スタジオなので、こちらもデザインは好悪はあるが、レベルは高い。メイキング映像を見ると、巨大な尻尾に破壊される橋の上の場面など、登場人物の周囲や奥行きのほとんどはCGと実景のデジタル合成で空間が創造されているので、驚愕した。

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