「富士山頂」

■昭和39年、富士山頂に気象レーダーを設置することに成功するまでの顛末を、気象庁測器課長であった作者の実体験をもとに小説化した一作。実は新田次郎の小説を読むのは初めてなのだが、その簡潔な描写は所謂文芸小説的な味わいや滋味には乏しいものの、独特の苦味が含まれている。
■大蔵省での主計官に対する予算要求の場面から、地に足の着いたリアリティに引き込まれる。主人公が作家自身なので、役人作家という極めて例外的な人物に対する感情移入が困難という欠点から逃れられないが、単なる「プロジェクトX」モノの単純なカタルシスに終わらないところに大人の人生実感がこもっている。
■とは言いながら、随所にドラマ的な、映像的な見せ場が設定されており、その内容の豊富さから逆算すれば、個々の描写は淡白に過ぎる気がするほどだ。クライマックスは地上で組み立てたレーダーを大型ヘリで山頂に吊り上げて、置き逃げ方式で設置するサスペンスなど、いかにも映画向きといえる見せ場だ。
■実際、石原裕次郎が目をつけて、昭和45年に映画化されている。石原プロは「黒部の太陽」の大ヒットでやたらと大型プロジェクトものの映画を企画しており、未映画化に終わったが「戦艦武蔵」などという企画もあった。映画化された「富士山頂」は、データベースをみる限り、オールスターキャストの超大作だが、「黒部の太陽」同様になかなか観られない幻の映画になっている。監督が村野鐵太郎なので、特撮技術に頼らず、実写で撮影しているはずなので、是非観てみたいものだ。
■そういえば、木村大作の初監督作品の原作も新田次郎の「劔岳」なのだが、こちらもデジタル技術に頼らず自分自身の実写撮影に拘った画作りになるはずなので、ちょっと楽しみになってきた。ひょっとすると「八甲田山」以上のロケ撮影になるのではないかと期待する。

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