手紙 ★★★★

手紙
2006 ヴィスタサイズ 121分
MOVIX京都(SC8)
原作■東野圭吾 脚本■安倍照雄、清水友佳子
撮影■藤石 修 照明■磯野雅宏
美術■山崎輝 音楽■佐藤直紀
監督■生野慈朗


 直貴(山田孝之)の兄(玉山鉄二)は強盗殺人事件の犯人として服役中だったが、弟はそのせいで職業を転々とし、漫才師になる夢も、愛し合った恋人(吹石一恵)も喪う。自暴自棄で差別のない国へ行きたいと漏らす彼を支え続けるのは、彼に一途な愛情を尽くす由美子(沢尻エリカ)だけだった・・・

 かなりよく出来た人権教育映画であり、学校の授業で鑑賞するに相応しい真面目な映画。だが、犯罪加害者の家族に対する偏見や差別をテーマに据え、リアルな現実とともに、微かな希望を提示した実によく出来た娯楽映画の傑作である。社会的な問題をホームドラマに還元してその図式を平明に解き明かしつつ、人間の美しさと醜さを探る手法は、特に松竹映画で洗練された方法論だが、ここにもその傍流が流れている。

 生野慈朗の演出スタイルは、テレビドラマと同様に平明を旨としたものだが、原作と脚本の力を素直に映像化することに成功しているようだ。特にキャストはみんな好演で、テレビドラマでの経験をもとに演技指導に力点がおかれたのだろう。

 なんといっても、いちばんの役得は沢尻エリカで、この映画を見て彼女に惚れない男子はいないであろう。金持ちの娘(吹石一恵はちょっと損な役回りだ)と対照をなす庶民の娘(ちょっとヤンキー)で、終始主人公を励まし続ける、そのブレの無いスタンスは、まるで主人公の母のように力強い感動をもたらす。この由美子というキャラクターがこの辛いドラマの救いとなっていて、後半は彼女が出るたびに泣かされる。

 中盤に登場して年長者として含蓄のある台詞を吐くのが杉浦直樹で、「差別のない国を探すんじゃない。きみはここで生きていくんだ」と、極めつけの重いテーマを主人公に投げつける。そこには、人間が人間である限り差別や偏見そのものを根絶することは現実的に不可能であるという認識が言外に語られ、そのことを所与の条件として、では如何に生きてゆくことができるのかという問いが発せられている。そのときに、彼と由美子の関係の意味づけが見直され、その後、それでも何度も挫折しかけて、兄との絶縁まで考えながらも、自分自身の生き方、周囲の人間たちとの関係構築を模索してゆく姿は、涙無くして見られない。すっかり性格俳優として渋みを身に着けてきた吹越満が登場する場面も、劇映画としては凄いことになっている。正直な印象として、唐突にどえらい重量級の映画が誕生したものだという驚きを禁じえない。

 ただ、欠点は主人公がなぜか漫才を目指すという設定で、よく頑張ってはいるものの、漫才シーンの寒さが映画にのめりこんでいる自分を現実に引き戻してしまう。さらにいえば、沢尻エリカが綺麗過ぎる点にも問題があり、本来ならお金持ちの令嬢との対比上、外見上はもっと地味な平凡な女であるべき役どころだろう。あんなに綺麗な女に慕われてしまうと、突き放す理由がないし、杉浦直樹に気づかされるまでもなく、早々に押し倒しているはずだ!

 とはいえ、今年の日本映画では必見の傑作である。決して見逃さないように。

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