「夢は大空を駆けめぐる 恩師・円谷英二伝」

 うしおそうじこと鷺巣富雄が、戦前、戦中に東宝特殊技術課で親しく指導を受けた円谷英二の、主に戦前、戦中のエピソードを中心として描き出した伝記。
 筆の流れが右往左往して、時間は飛んだり、戻ったりで読み手を混乱させ、正確な記録としては信頼できない部分もあるが、東宝特殊技術課の設立前後の東宝文化映画での円谷英二や線画係の活躍の部分は資料的価値が大きいと思う。この時期は円谷英二の何度かあった不遇の時期で、そのなかでも軍の教育用教材として制作された文化映画で、小規模な特撮やリアルアニメを駆使して、技術的実験を試みていたのだが、その具体的な姿を知る者はごく限られているうえに、ほとんどが物故して調査も困難な部分なのだ。
 実際、鷺巣富雄もこの書を著した後、鬼籍に入っており、本来なら映画史家が徹底的な聞き取りを行って、詳細な記録を残しておくべき人物だったはずなのだが、不可能になってしまった。「マグマ大使」「スペクトルマン」「ライオン丸」などのピー・プロ社長としてはそれなりに記録もあるだろうが、戦中の東宝文化映画、戦後の大映での「釈迦」に至る技術的歩みなど、興味深い部分が多々あったのだが。
 東宝撮影所長だった森岩雄が円谷の特撮と、松竹から移籍した日本漫画映画の草分け大石郁雄のアニメを二本柱にするとか、融合させるとかいったビジョンを、本当に持っていたのかどうかも、映画史的には非常に興味深いところだ。レイ・ハリーハウゼンの成果にも深い関心を抱いていた円谷英二が切り拓いた日本特撮の方法論とアニメの関係性にも興味が尽きない。円谷英二の後継者たちはアニメという選択肢をはなから除外してかかっているのだが、円谷英二の発想の中ではかなりアニメに対する拘りがあったのではと想像されるのだが、本書でもそのことにはかなり力点が置かれており、類書には無い視点となっており、貴重である。

夢は大空を駆けめぐる―恩師・円谷英二伝

夢は大空を駆けめぐる―恩師・円谷英二伝

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