感想(旧HPから転載)
江戸深川の中州の島で密輸品の仲立ちを生業に、何の希望もなく暮らすごろつき共(仲代達矢、佐藤慶、岸田森、草野大悟等々)の根城になっているのが、悪名高い「深川安楽亭」という居酒屋。ある日そこへ転がり込んできた若い男(山本圭)が女郎屋へ売り飛ばされた恋人(酒井和歌子)を救い出すために命をなげうとうとしていることを知った彼らは、罠とも知れぬ次の抜け荷の仕事を引き受けるのだが・・・
日本映画界が未曾有の大変革期にあった昭和46年に公開されたモノクロ時代劇の、なかなかの大作で、しかもかなり出来の良い青春映画に仕上がっているのに、何故か今ではすっかり忘れ去られてしまっている不幸な作品だ。
おそらく同じ脚本を東映あたりで映画化していれば、もっと直接的にエネルギッシュな青春映画になったはずだが、ここでは小林正樹という監督の持つ独特のリズム感や打ち沈んだ人物造形が色濃く反映され、さらに武満徹の理知的な楽曲が相まって、ある意味で沈痛な反抗の物語になっている。
もちろん、それは決して若いとはいいかねるキャスティングによるところも大きく、仲代達矢や佐藤慶といった分別盛りの連中に”若い者”の役を演じさせるのは、相当無理矢理だし、草野大悟や岸田森にしたって、もう30歳を過ぎていたはずだ。
しかし、それにしても蘆の生い茂る中州の中にぽつんと建つ安楽亭とその内部構造を質感溢れる造形で作り上げた水谷浩の美術は見物だし、ステージ撮影の堅牢な映像設計とラストの蘆原での大捕り物での様式美がさすがに見事というほかない岡崎宏三のモノクロ撮影も絶品で、これほどの作品が日本映画史の中に埋もれてしまっているのは不思議というほかない。数多い山本周五郎の映画化の中でも、成功作の一本に数えられるはずだ。
あの佐藤慶が案外あっさりと役人たちに殺されてしまうのだが、楊枝削りを生業とする肺病病みの岸田森は、まるで「血を吸う」シリーズの吸血鬼のように絶叫しながら果てるラストで、しっかりと自己主張している。草野大悟に比べると、むしろ小さな役なのだが。
ただ、この映画で最も意外な一面を見せるのは曰くありげに安楽亭に現れては泥酔している謎の男を演じる勝新太郎で、立ち回りのないかわりに、山本圭を相手に酔いに任せて自らの不幸な半生を切々と語り聞かす場面の演技は座頭市以外の作品としては、勝新太郎一世一代の名演技といえるのではないあろうか。これ以降、日本映画界の衰退とともに、ワンマン化に拍車がかかり、演技の幅を狭めてしまった感のある勝新だが、このまま力量のある監督と組んで映画を撮っていれば、演技者としてまた違った成熟した姿を見ることができたかもしれない、という感慨をおぼえずにはいられない。
そうそう、安楽亭を差配する親父役の中村翫右衛門の貫禄溢れる名演も見逃すわけにはいかない。あの曲者ぞろいの面々を顔力でまとめ上げる存在感は、なかなか容易に果たせるものではない。