『KT』

KT
2002/VV
(2002/6/1 京極弥生座1)
原作/中薗英助 脚本/荒井晴彦
撮影/笠松則通 照明/松隈信一
美術/原田満生 音楽監督布袋寅泰
監督/阪本順治

感想(旧HPより転載)

 1973年、日本やアメリカで韓国の民主化を求めて活動を続ける金大中を快く思わない軍事独裁政権はKCIAに金大中(KT)暗殺命令を下す。東京で工作の最前線を指揮する金車雲(キム・ガプス)は三島由起夫に共感し頓挫したクーデター計画にも荷担していた自衛隊員(佐藤浩市)とともに金大中の行動を捕捉すべく暗躍を開始する。一方、韓国語もろくに知らない在日青年(筒井道隆)は金大中ボディガードとしてスカウトされ、肉の壁で彼を守りきれと言い渡される。果たして昭和史の謎である金大中拉致事件の裏に暗躍した者たちとは何者であったのか?

 「顔」で藤山直美を映画の中に組み伏せるという荒技を見せた志気の高さが取り柄の阪本順治が今度は昭和史の謎に迫るという企画意図のおもしろさがなんといっても最大の話題で、決して失敗作ではないが、かといって実際の事件の持つスリリングさが映画的に十分表現されているかといえばかなり疑問を感じるのも確かだ。

 そもそも映画芸術の増刊号「『KT』の全貌」で荒井晴彦がいつものようにねちっこく告発しているように、オリジナルの脚本の政治的な台詞が阪本順治によって大幅に削除されてしまったという事実がこの映画のもつ社会派映画としての面白味を半減させているし、そもそもこうした骨太なポリティカル(ノン)フィクションに荒井晴彦を起用すること自体に無理があることは日本映画を見慣れている者には自明のことだったわけで、今更特に付け加えるべきこともないだろう。本当ならば「パトレイバー2」というポリティカルフィクションの傑作を書いた理論派の伊藤典和などに白羽の矢が立つのが順当な考え方というものだ。

 しかも、撮影所育ちでない阪本順治山本薩夫熊井啓といった往年の”社会派”映画のダイナミックな醍醐味を期待できないこともおおかたの予想通りで、先ほどの脚本削除問題と相まって、かなり情報量の少ないシンプルな映画になってしまっている。もちろん、シンプルさは映画の美質えはあるが、こうした映画ではそのシンプルさを取り巻く人間関係や国家や組織間の策謀の複雑怪奇さこそが面白味の源泉となるはずではなかったのか?そうした意味では原田真人の方が多少オトナといえるかもしれない。

 ちなみに、劇中に深作欣二の「仁義なき戦い・広島死闘篇」が引用されることからも明らかなように、東映実録路線の笠原和夫高田宏治らのスタイルを踏襲した脚本になっており、例えばオリジナルの脚本どおりに深作欣二が撮っていれば、それはそれで社会派映画ならぬ実録映画としてウェルメイドなものに仕上がっていたかもしれない。ただ、中野重治の詩を引用した荒井晴彦の趣向はあまりにも文学的すぎて一般の観客には理解不能として、却下されてしまうにちがいない。

 正直言って、「顔」も含めて阪本順治の映画にはあまり感心した記憶がないのだが、この映画に関しても至る所に中途半端さが顔を覗かしており、本心がどこにあるのか判然としない。

 役者としてはキム・ガプスがちょっと大杉漣に似ているのが不憫だが、もっとも充実しており、ほとんど科白もない利重剛の顔面が実に雄弁に人間性を表しているのが圧巻。しかし、自衛隊幹部が柄本明ではスペースゴジラだな。官房長官佐原健二を据えたのが踏ん張りどころだが・・・

© 1998-2024 まり☆こうじ