銀嶺の果て

基本情報

銀嶺の果て
1947/スタンダードサイズ
(2001/12/21 BS2録画)
脚本/黒澤 明,谷口千吉
撮影/瀬川順一 照明/平田光治
美術/冬島泰三 音楽/伊福部昭
演出/谷口千吉

感想

 銀行強盗をはたらいて逃走中の三人組は山間の温泉地に潜伏していたが、捜査の手が伸びてくると雪山に逃亡する。途中で一番年かさの男(小杉義男)が雪崩に巻き込まれて死亡し、残る二人が老人(高堂国典)とその孫娘(若山セツ子)の営む山小屋に辿り着く。人里離れて何の情報源もない環境で年上の男(志村喬)は徐々に人間らしい感情を取り戻してゆくが、逆に若者(三船敏郎)はジリジリと焦燥感を募らせてゆき、遂に山小屋に避難していた山男(河野秋武)を先導に仕立てて、雪山を踏破して逃亡しようと試みる。だが、雪山の過酷な環境の中で自らの身体を犠牲にして自分たちを救おうとした山男の行為に年長の男は自らを恥じて傍若無人な若者に挑み懸かってゆくのだった。

 志村喬がいつにない出で立ちの強面で登場すると思ったら、後半から荒んだ気持ちが山の暮らしの中で徐々に浄化されてゆく部分に演技の大きな見せ場が用意されており、三船敏郎のデビュー作としてよりも、むしろ志村喬の代表作としてもっと認知されるべき傑作。

 特に後半のキーパーソンとなる山の聖性の化身ともいうべき山男を演じる河野秋武の人物造形がリアリティを超えた感動を呼び起こす。この時期の東宝映画における河野秋武の活躍ぶりは目覚ましいものがある。

 善人だろうが悪人だろうが命を繋いだロープは切れない。それが山の掟だからだ。と含蓄ある科白を語るクライマックスには黒澤明の作劇の美質が鮮やかに結晶している。後半、山小屋での生活の中で志村喬三船敏郎の間に深い溝が刻まれてゆくあたりからサスペンスがグイグイと隆起してきて、映画美を高揚させてゆく様は圧巻。

 さらに、この映画は山岳アクション映画としても実に充実した演出とキャメラワークを具備しており、クライマックスの雪山踏破の一連の垂直軸のサスペンスの構図は今見ても目眩がするほど鮮烈だ。この雪山のロケーション撮影の成果は当時のステージ撮影によっては決して模倣不可能なものであったろう。もちろん、東宝特殊技術部も参加してはいるが、その比重は決して大きいものではないようだ。

 後半での志村喬三船敏郎の決闘シーンなどまるで「サンダ対ガイラ」のように狂暴であり、足元の岩盤が崩れ落ちるカットなどに仕掛けが用いられるが、短いインサートカットで見せたところが実に効果的で、近年のSFXを濫用して見せ場を徒に引き延ばす風潮に対する反証の好例といえよう。

 ちなみに、この映画のタイトルに(新版)と銘打ってあるところを見ると、どうやらオリジナル版が紛失して再編集版乃至短縮版のみが現存していることなのだろう。まさに忘れられた傑作とはこのことだろう。

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