『赤垣源蔵 討入前夜』

基本情報

赤垣源蔵 討入前夜(1938)
脚本・瀧川紅葉
撮影・吉見滋男 音楽・白木義信
監督・池田富保

感想(旧HPより転載)

 赤穂浪士でありながら兄(香川良介)の家に居候を決め込んで日夜酒に溺れた自堕落な生活をしていた赤垣源蔵(阪東妻三郎)はその兄に主君の仇を討つ所存がないと返答してしまったために家を追われるが、ある雪の降る夜にふと姿を現して兄に面会を求める。兄は不在でその妻からも嫌われ、甥っ子からも邪険にされて仕方なく引き上げる彼の姿には密かな決意が秘められていたことに気づく者はいなかった。

 当時はまだ有名だった赤穂義士赤垣源蔵のエピソードに焦点を絞って自堕落な男の誰にも理解されない想いを情感豊かに綴った時代劇の佳作。伊藤大輔の「元禄美少年記」をはじめ忠臣蔵の脇役に焦点を当てた時代劇は少なくないが、その中でも上出来の部類に入るだろう。

 80分弱ほどしかない短い映画で、赤垣源蔵が討ち入りに参加するに至る経緯がほとんど描かれないため主人公の心理描写の点でちょっと面食らう部分があるのだが、それでも兄に別れを告げに来た雪の夜のシーンで可愛がっていた甥っ子にまで軽蔑されていることを知らされるシーンなど、まるで生まれたての動物のように湯気の立つ饅頭のカットが痛々しいほど主人公の真情を物語って胸を突くし、その後帰宅した兄が弟の気持ちを思いやって彼に邪険にした妻を切々とたしなめるシーンにしても香川良介の誠実さが涙なくして観られない名シーンを産み出している。

 もちろんこうした屈折したキャラクターに不気味なほどの虚無感と大らかな朗らかさを吹き込んだ阪東妻三郎の名演を忘れることなどできはしないが、ラストで引き上げる義士達の中に源蔵を見つけて履き物が脱げるのも傘を取り落としたのも気にかけず後を追いすがる娘の姿を娘の足元だけを切り取った移動撮影で描き出した抑制の効いた心理描写には大ベテラン時代劇監督の名声が虚名ではないことをはっきりと物語っている。

 これだから時代劇はやめられないのだ。

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