感想(旧HPより転載)
永田軍務局長暗殺の相沢事件から説き起こして、歩兵第三連隊の安藤大尉の視点から2・26事件の顛末をたった90分強の尺数に要領よくまとめ上げた実録映画の秀作で、五社英雄の「226」よりはるかに出来は良い。
なんといっても大ベテラン高岩肇の脚本が見事で、実際は様々な思惑が渦巻く2・26事件の発生要因を、農村部の貧困を引き起こしている支配階層の腐敗を取り除くためのクーデターという一点に絞り込んだ点と、その絞り込みが不自然にならないように安藤大尉という一個人の視点から事件を描いていった構成の巧みさに尽きるだろう。この大胆な取捨選択と視点の単純化こそが実録映画の脚色の提要だろう。
しかも天皇から預かった兵隊を独断では動かすことはできないと参加を躊躇する安藤大尉が遂に決起を決断するに至る泣かせるエピソードなど、あまりにも日本映画的な作劇ながら、安藤大尉の真情の変化を物語るには十分すぎるストーリーテリングで、単純ながら有無をいわせぬ脚色だ。
もしもこの原作を山本薩夫が撮るのであれば、さらに視点を複数化して統制派と皇道派の熾烈な政治的かけひきが重層的に物語られて、さぞかしサスペンス豊かな150分くらいの大作映画ができたことだろう(夢の企画だな)が、90分程度のプログラムピクチャーとしてはまず理想的な出来具合だ。
ただし、美術や照明といった技術部門は貧弱で、あまりにベタベタの照明には呆れた。「帝銀事件・死刑囚」と同じ年の映画とは思えないほど技術レベルには雲泥の差がある。スタッフワークはいかにも東映らしいアバウトさだ。行進する兵とミニチュアの戦車を合成したのは矢島信男の仕事だろうか?決起の朝、集結する兵達を追いながら兵舎の廊下からキャメラがクレーンに乗って引いていき、部隊の全体像を捉える1カットのキャメラワークには唸ったが。
安藤大尉に鶴田浩二、その妻に岸田今日子、日頃より神がかったところのあったという相沢少佐に丹波哲郎(適役!)、その他青年将校に佐藤慶、江原真二郎、亀石征一郎他という通好みのキャスティングに、2・26事件の首謀者と目され青年将校達が先生と慕う真崎甚三郎(役名は矢崎だったと思うが)が神田隆というのが、配役だけで叛乱の行く末を暗示して見事。神田隆を信じちゃいかんよなあ。