偏差値の高い映画だけど、テーマに普遍性が感じられない鬱映画『愚行録』

基本情報

愚行録 ★★★
2017 スコープサイズ 120分 @アマプラ
原作:貫井徳郎 脚本:向井康介 撮影:ピオトル・ニエミイスキ 照明:宗賢次郎 美術:尾関龍生 音楽:大間々昂 編集&監督:石川慶

感想

■一家惨殺事件を追う雑誌記者(妻夫木聡)には、児童虐待で勾留中の妹(満島ひかり)があった。関係者の証言を追ううち、殺された夫婦の大学時代の交友関係に問題がありそうだが。。。

■石川慶の長編デビュー作で、バンダイビジュアルにオフィス北野まで製作陣に参加したうえにワーナー配給というメジャー作。にしてはお話の内容とかテーマに普遍性がなくて、最終的になんの希望もなく終わるので、よく実現したなあと感心する映画。石川慶なので基本的に映画的な偏差値は高くて、全編にサスペンスは効いているし、ホラー描写も悪くない。映画としてのクオリティは明らかに高い。だけど???ということだね。

■結局は、一家皆殺し事件の動機があるのは誰なのか?というお話で、次々と証言者が登場して、夫(小出恵介)と妻(松本若菜)の過去、といっても若いので大学時代にどんな交友関係があって、当時どんなことを考えていたのかがお話の核心になる。けど、正直、このあたりが腑に落ちないので、動機としては弱いし、事件の残忍性とバランスが取れていないと感じる。それぞれにクソ野郎なのはわかるけど、それで映画として面白いのか?ということだ。

■そもそも動機の部分とか大学生活の描写が、50年代、60年代の日活映画ですか?というくらいの人間関係で、日本は格差社会ではなくて階層社会なのだと言及するけど、映画の中で描かれる事象は、それそんなに切実な問題ですか?という感じで、全く腑に落ちない。原作小説はもっと説得力があるのかもしれないけど。

■なにしろ脚本は向井庸介だし、石川慶の腕も確かなので退屈はしないし、エピソードの刻み方には映画的なスリルも満載で、悪くないけど。。。満島ひかりの役どころが坂元裕二の『それでも、生きてゆく』と微妙に被ってしまうのも、狙ったのかなあ?成功している?

松本若菜は電王の人だし、臼田あさ美は最近坂元裕二のドラマで知ったところだけど、なんでそんなに重用されるのか疑問だし、他の若手女優人がみんな地味で大作のわりには冴えない。弁護士役の濱田マリの配役は大成功だったけど。


参考

maricozy.hatenablog.jp

貫井徳郎という人は、かなりひねくれた人らしく、着眼点が普通じゃないのは知ってます。『乱反射』も相当な異色作でした。
maricozy.hatenablog.jp

家長のためなら命も差し出す女たちの家父長制美談?でもその心の底に渦巻くものは…『華岡青洲の妻』

基本情報

華岡青洲の妻 ★★★★
1967 スコープサイズ(モノクロ) 99分 @BS松竹東急
企画:辻久一 原作:有吉佐和子 脚本:新藤兼人 撮影:小林節雄 照明:美間博 美術:西岡善信 音楽:林光 監督:増村保造

感想

■貧乏医者の華岡家の嫁に入った加恵(若尾文子)は憧れていた姑の於継(高峰秀子)とお決まりの嫁姑闘争を演じることになるが、しまいには全身麻酔薬の開発を巡って、人体実験を申し出る。。。

■という実話(だそうです)を有吉佐和子が小説化したところ、あまりの面白さに映画化のオファーが殺到したという曰く付きの企画。というか史実が凄すぎたんですね。何十年ぶりに再見したのか覚えてないけど、やっぱり面白いものは面白い。

■当然ながら医師の華岡家では麻酔実験のために犬や猫を大量に殺すし、青洲の妹たちは次々とガンで死んでゆくし、娘は突然死するし、麻酔薬の副作用で嫁は失明するという、描きようによってはほとんど呪いの館ものの怪奇映画にもなりうるけど、最終的に全身麻酔が完成し、乳がんの切除手術が成功するから美談になる。これが、試行だけで最終的に完成しなければ、やっぱりマッドサイエンティストものの怪奇映画だよね。(そっちも観たいけど!)

市川雷蔵若尾文子高峰秀子を揃えて、みんな見事な見せ場で好演を見せるし、冒頭から大役の伊藤雄之助もおなじみの臭い芝居のし放題で圧巻だし、雷蔵の妹に原知佐子渡辺美佐子がいるという大作らしい豪華な配役。原知佐子は途中でがんを患って死んでしまうけど、途中までほとんど台詞もない末妹の渡辺美佐子が最後の最期に、映画の核となる長台詞を滔々と語る大見せ場がある。すっかり忘れてたけど、華岡家で火花をちらした嫁姑の確執と、家父長制のエグさと怖さを全部台詞で語ってしまうので、下手すれば説明台詞になってしまうのだが、たいそう感動的な批評になっているから、ホントに見事なものです。

■「家」のためなら命を差し出しても惜しくないという家父長制美談のようにも見えるけど、その心の底には、愛する男を争う母と妻の女の闘争があって、そうした女心を、ある意味で巧みに搾取しながら、女たちの自己犠牲的な献身によって「家」が成り立っていることを鋭く指摘する。新藤兼人が乗ったのも、そのテーマ性があるからだろう。

■なにしろ脚本は新藤兼人なのですじ運びに淀みがないし、とにかく100分ほどで年代記を語るので、省略につぐ省略で、サクサク展開する。それでいて、”あらすじ映画”には陥らない濃厚な心理劇が成立する。増村イズムによる強めの演技と台詞で、不慣れな高峰秀子はやりにくかったと思うし、ところどころ調子が変なのは確か。でも御本人は完成作はお気に入りで、代表作と自認しているらしい。

■実際、まったくランニングタイムを感じさせない流麗な語り口で、撮影も美術も贅沢そのもの。大映らしいコントラストの強い、黒味の濃いモノクロ撮影は、リマスターでいっそう引きたつ。撮影は京都のキャメラマンでなく、気の合う小林節雄を使ったのは成功だった。京都で撮る大作なので、本来なら宮川一夫が登場するところだけど、この時期相性としては小林節雄で正解だよね。

■やっぱり増村保造の構築力は凄いし、単純に面白い映画だなあと堪能したし、改めて傑作だと確認しました。お腹いっぱいです。これ増村映画ベストテンに確実に入るなあ。


ハワイ移民は戦争によって心の祖国と家族を喪った…その慟哭を描く『山河あり』

基本情報

山河あり ★★★
1962 スコープサイズ(モノクロ) 127分 @BS松竹東急
企画:木下恵介 脚本:久板栄二郎松山善三 撮影:楠田浩之 照明:豊島良三 美術:戸田重昌 音楽:木下忠司 監督:松山善三

感想

■大正はじめに移民としてハワイに渡り、苦労の末二世を設けて現地に定着するが太平洋戦争が勃発すると、アイデンティティ・クライシスに直面した息子たちは二世部隊に志願するし、たまたま日本に帰国していた者は敵国のスパイと断罪され、憲兵によって強制収容所に入れられる。。。

■ソフト化もされていないのでなかなか観られないけど、高峰秀子はお気に入りと言っているらしい本作、ちょっと微妙な出来栄えで、名作とか傑作とは言いにくいけど、テーマは明瞭だし、かなり良いポイントを突いているとは感じる。当然ながら大規模なハワイロケを敢行するけど、モノクロ撮影というのが大胆。東宝映画なら当然総天然色だけど、敢えてモノクロというこだわりが凄い。要は単なる観光映画じゃないぞ!という決意表明だろう。撮影は木下組の楠田浩之なので、木下組そのままの横移動の長廻しがふんだんに登場して、実際よく出来ていて豪胆な撮影。

■さらに微妙なのが、深刻な話なのに、木下忠司がハワイアンなお気楽な旋律を当てるところで、深刻なのか呑気なのかはっきりしてくれよと誰しも感じるところ。実際、中盤まではやっぱりハワイ観光映画も兼ねている。大きな役柄を小林桂樹とかミッキー・カーチスが演じるから東宝映画風味も混じっていて、ホントに松竹映画といよりも東宝映画の感触。であれば、中盤の真珠湾攻撃の場面はもっと特撮こみでスペクタクルになるところ(せめて合成は欲しい)だが、さすがにそうはならずに中途半端。極太ゴシックの字幕で画面いっぱいに「戦争」とか出すから失笑する。このあたりのセンスの悪さは、いかにも松竹でいかんともしがたい。

■でも、木下恵介の名作『陸軍』そっくりな二世部隊の出征場面と日本での兵士の出征場面をカットバックするあたりから本調子が出てきて、高峰秀子が一時帰国した祖国で辿る酷い境遇にフォーカスするあたりから一気に映画の格が上がる。あれほど錦を飾りたいと念じた懐かしの祖国で迫害され、祖国を喪った悲しみに加えて、次男(ミッキー・カーチス)は憲兵に責め殺される。しまいには、長男(早川保)が二世部隊に志願して欧州戦線で戦死したと知らされる。夫(田村高廣)はすでにハワイでの戦争を巡る親子喧嘩で憤死しており、高峰秀子はたった一人で残される。ラストでその呪詛の向けられる先をもっと明確に打ち出せば傑作になったはずなのに、そこはぼかす。敢えて台詞を駆使しなかった試みは偉いと思うけど、勿体ないと思う。


市子、お前は何者だったのか?杉咲花が完全脱皮した『市子』

基本情報

市子 ★★★☆
2023 スコープサイズ 126分 @アマプラ
原作:戸田彬弘 脚本:上村奈帆戸田彬弘 撮影:春木康輔 照明:大久保礼司 美術:塩川節子 音楽:茂野雅道 監督:戸田彬弘

感想

■昨年の年末に公開されて、これは杉咲花の勝負作だろうと見当をつけていて、実際評判も良かったので映画館でみるつもりだったけど、あっという間にアマプラに登場ですよ!でもラジオにゲスト出演した杉咲花の話しぶりは、至って淡々としていて、監督含めて気負ったところがなかったのが好印象だった。なにしろ低予算映画で、撮影期間は長くないので、瞬発力が要求される現場だけど、杉咲花としてはけっこう濃密に現場に溶け込んだようだ。また、そうしたいと感じさせる企画であり脚本だったし、監督からオーダーのラブレターももらっている。実際、メジャーな売れっ子である杉咲花がよく引き受けたと感心する。その意気やよし!だし、実際よく彼女にオーダーしたよね。製作陣のそのセンスと糞度胸がこの映画の生命線だった。

■まだ新しい映画なので今回、ネタバレはありません。なのでお話については触れません。お話の内容はかなりハードでシビアなもので、察しの通り犯罪が絡むので、非常にナイーブな場面がある。物議を醸す種類のナイーブさだと思う。市子と名乗る女は、実は市子ではなく、一体何を隠して、どう生きてきたのか?そしてこれからどう生きるのか?単純にいって、そんなお話。

■とにかく杉咲花の実在感と演技者としてのポテンシャルが正当に発揮されたという意味で大成功で、女優がステージを上がる瞬間を目撃するという贅沢を味わえる映画であり、ある意味、薬師丸ひろ子の『Wの悲劇』のような映画。女優誕生の瞬間を寿ぐ映画なのだ。これまでどちらかといえば、元気で明るくてコミカルな演技をよく見てきた人だけど、その個性において突出していたので、どうみてもそれだけで収まらないポテンシャルを感じさせた若手女優。その予感が僻目でないことが明らかになる。

■お話の転がし方としては、橋本忍とか、野村芳太郎をどうしても想起するし、多分野村芳太郎が撮れば、もっとエグい傑作になったと思う。でも戸田彬弘の演出やキャメラワークは十分に秀逸だ。基本的に低予算なので、そんなに高いキャメラは使っていないはずなのに、画が実に良い。そこはホントにハリウッドの超大作の豪勢だけど退屈な画に比べて、映画としての魅力が違う。あえて欲をいえば、背景のボケ味に精細さがなくて、ぼんやり白く飛んでいるのは実に勿体ない。良い機材とレンズを使って、背景のボケ味の中にももっと立体感を描出したいところだ。昔の日活映画のモノクロ撮影なら、背景も白飛びせずに、しっかりと精細にリアリティを主張していたからね。

■ドラマとして弱いと感じるのは、市子の犯罪歴の部分で、特にラストのあれはちょっと省略し過ぎだと感じる。あそこはむしろ清張の『疑惑』のように、しっかりと描いてほしい気がした。田村正和沢口靖子のTV版『疑惑』でもかなり大掛かりに粘って撮っていたからね。低予算なので難しいけど、もう一押しエグみが欲しい気はした。

■脇役もなかなか充実した配役で、市子の母親は中村ゆりなのだった。なんだか年齢不詳だなあ。後半で重要な役となる北くんを演じる森永悠希って、どこかで見たような気がしたけど、NHKの『ブギウギ』でピアニスト役の彼じゃないか!いま、老け役で出てますよ。映画では省略されてしまった彼の心情を想像すると、泣けてきますけどね!儲け役!(そういえば傑作『トクサツガガガ』ではチャラ彦を演じていた人じゃないか!役柄の幅が広すぎて付いていけません!)

補足

■ちなみに、普通の2チャンネルステレオで観たのだけど、音響が強制的にサラウンド的に左右、背後に回り込む不思議な録音になっているようで、ちょっと困惑した。普通はこうしたミックスはしないのだが、敢えての実験的なミックスだろうか?同じ人が喋っていても、カットが切り返しになると台詞が後ろから聞こえてくるというのは、観客が会話する二人の真ん中に位置するという不思議な位置関係になってしまって不自然なので、普通はやらないのだけど、どうなっているのだろうか?あるいは配信用原盤の作成の不具合だろうか?


参考

正直、杉咲花のキャラクターが被っていると思います。
maricozy.hatenablog.jp
杉咲花、無駄遣いの記録
maricozy.hatenablog.jp
maricozy.hatenablog.jp

忠臣蔵異聞だけど、工夫が足りない『決算!忠臣蔵』

基本情報

決算!忠臣蔵 ★★
2019 スコープサイズ 125分 @アマプラ
原作:山本博文 脚本:中村義洋 撮影:相馬大輔 照明:佐藤浩太 美術:倉田智子 音楽:高見優 監督:中村義洋

感想

忠臣蔵をいろんな視点から捉え直したシン時代劇はいろいろあるのだけど、あまりうまくいってない場合があって、意外と打率は低い気がするのだけど、本作も残念作のひとつ。仇討ちにもお金がかかる!というその一点で構築したお話だけど、実際金勘定の部分だけが新味で、それ以外はあまり冴えない。仇討ち計画が予算内に収まるかどうか、それはサラリーマン諸氏にも共通する興味関心なので、そうした客層を狙ったのだろうけど、正直甘いので、サラリーマン諸氏は舐めんなよ!と毒づいたはず。要はひねりが足りないのですね。

■ただ、時代劇の作法としてはなかなか興味深くて、相馬大輔というキャメラマンがかなりユニークなルックを作っている。時代劇なのに手持ちキャメラがメインで、しかも徹底的に逆光狙い。さらにハレーションを積極的に狙って、というかあざといくらいにハレーションを利用して、時代劇ではあまり観たことのない映像を構築する。その映像スタイルはちょっと見もので、それだけで斬新な気がする。かなりユニークな取組だと思う。

■吉本製作なので関西芸人が続々登場するし、西川きよしはさすがに貫禄があるけど、岡村隆史の好演は褒めていいと思う。まあ、監督の使い方が上手かったんだろうけど、本作で一番印象に残る。なのに、あんな最期を用意するのは、脚本の誤算だと思う。観客は誰もあんな最期を望まないからだ。いかにも古臭い忠義であり、自己犠牲であり、ちっとも新しくないからだ。そもそも関西人には、あんな心性はないはず(でもないか?)だから、吉本は何に阿ったのかのだろうか?


参考

忠臣蔵異聞なら、こちらが秀作。土橋章宏は気が利いているのだ。
maricozy.hatenablog.jp
忠臣蔵映画はとにかくいっぱいあるのだ。
maricozy.hatenablog.jp
maricozy.hatenablog.jp
maricozy.hatenablog.jp
maricozy.hatenablog.jp
maricozy.hatenablog.jp
maricozy.hatenablog.jp

実はジェットコースターな少女漫画だった『52ヘルツのクジラたち』

基本情報

52ヘルツのクジラたち ★★★
2024 ヴィスタサイズ 135分 @Tjoy京都
原作:町田そのこ 脚本:龍居由佳里 脚本協力:渡辺直樹 撮影:相馬大輔 照明:佐藤浩太 美術:太田仁 音楽:小林洋平 VFXスーパーバイザー:立石勝 監督:成島出

感想

■虐待されたこどもを保護した貴瑚(杉咲花)はネグレクトなシングルマザー(西野七瀬)から引き取ることを決意するが、その決断の背後には自分自身が経験した苦い経験があった。。。

■小説の映画化とは知っていたけど、ほぼ予備知識無しで観たところ、意外にもジェットコースター映画だったので驚いた。杉咲花がなかば自殺を図る場面など、意図的にステロタイプな演出で、この映画が少女漫画であることを隠そうとしない。例えば『ある男』のように、もう少しアート系の繊細な映画かと思っていたが、演出はメリハリ強めのタッチで、演技のテンションがおかしいことになっていて、まるで東映ヤクザ映画なみに急に感情が激高したり、乱闘が始まったりで、賑やかなこと。そのつもりで観ないと、ちょっと困惑するよ。

■とにかく杉咲花の演技が観たくて観に行った映画なので、その点では結構満足だし、泣いたり、笑ったり、切◯したり、あるいみ杉咲花の七変化を楽しめる。とはいえ、基本的に泣いてばかりですけどね。明らかにメロドラマとして作られていて、とにかくみんなよく泣く。何回泣いていただろうか。たぶん10分に1回くらい誰かが泣いていた。もちろん、褒めてませんよ。

杉咲花が良いのはわかっているけど、頑張ったのが完全に憎まれ役の西野七瀬で、フジの『大奥』ではどうも煮えきらない準主役を控えめに演じているけど、この映画での振り切った演技はちょっと凄い。もちろん『シン・仮面ライダー』ではハチオーグだったし、待機中の次作は『帰ってきたあぶない刑事』なので、どうもやる気満々らしい。

■一方で男優陣はどうも微妙で、そもそも志尊淳ってあまり知らない。おまけに何の意図か、ひろゆきそっくりな扮装で出てくるので、最初から最後までひたすら胡散臭い。そもそも、杉咲花との出会いの場面あたりの胡散臭さは見た目だけでなくその言動にもあり、てっきりどこかのカルト宗教の人かと思ったよ。そんな話なのか?と身構えましたよ。違うけど。

杉咲花が社長の御曹司に見初められるあたりは、もう完全に少女漫画全開で、その後の展開も定石通りだし、一体何の映画を観てるのか頭がクラクラしてくる。それでも最終的に倍賞美津子が登場するだけで映画が引き締まり、杉咲花が地域コミュニティに包摂される感じを一発で納得させてしまうのは、ご都合主義とはいえさすがに凄い。配役一発勝負だけどね。そうそう、途中で登場する路地に棲むおばさんの池谷のぶえも良くて、演劇界では実力派のベテラン女優。ちゃんといい味を出していた。

■撮影にはREDのシネマカメラが使用されたが、どうもルックがデジタル臭くて仕上げがいまいちだと感じる。特に発色が微妙で、肌色の発色が悪い。昔の出始めのシネマカメラ撮影の頃は、スクリーンで観ると肌色が汚くて閉口したものだが、本作もちょっとそんな感じ。現在と過去で色調を変えているのでそのせいもあるけど、それにしても場面によって肌色が不自然に黄色いのはどうなのか?最近はテレビドラマでもシネマカメラを使用していて、映像のルックがかなりフィルムタッチで肉厚なタッチになっているのに、逆に本作ではデジタルタッチなのは、違和感を覚えてしまう。GAGA製作による予算的な制約なのか、東映ラボの技術的な問題なのか。いまや名キャメラマンの近藤龍人はフィルムでもデジタルでも東映のラボでポスプロを行っているようだし、技術は悪くないと思うのだが。

■ちなみに、ちゃんとクジラも登場するので、クジラ映画ファンにはオススメ。


発端はよくあるサスペンス劇だが。。。『ある男』

基本情報

ある男 ★★★
2022 ヴィスタサイズ 121分 @アマプラ
原作:平野啓一郎 脚本:向井康介 撮影:近藤龍人 照明:宗賢次郎 美術:我妻弘之 音楽:Cicada 編集&監督:石川慶

感想

■旦那(窪田正孝)が林業の事故で死んだ。でも死んだ夫の兄は、これ弟じゃないと言い出す。死んだ夫は何者だったのか?知り合いの弁護士(妻夫木聡)が男の過去を探るが。。。

■お話の発端はありふれたサスペンス劇で、実際、基本的にはサスペンス劇と家族劇の融合になっていて、ちゃんと泣かせる家族劇になっているのは、さすがに松竹映画。配給だけかと思いきや、企画、製作からして完全に松竹映画。下手すれば、山田洋次が撮っていたかもしれないくらいの勢いだ。

■原作は純文学だとおもうけど、映画は非常にわかりやすくできているし、安藤サクラも期待通りにナチュラル演技で良い塩梅だし、窪田正孝くんもよく頑張ってる。なにしろ途中はボクシング映画になってしまうので、映画のために鍛えましたね、きっと。眞島秀和の嫌味加減もいい具合だった。良い俳優になったよね。大きな秘密を握る囚人が柄本明で、少し前なら山崎努とかが演じたかもしれないけど、今の日本映画ではほぼ柄本明が独占している。それだけ役者の層が薄くなっているということ。実際、柄本明の配役は当たり外れがあり、打率は5割くらいじゃないかと思う。本作も悪くはないし、ユニークな味はあるけど、意外性はないよなあ。

■もうひとりの「ある男」である妻夫木聡は在日三世であって、周囲にはなにげに差別的な人がいて、それどころか柄本明には露骨に差別発言を投げかけられるけど、彼が追う「ある男」だけでなく、自分自身のアイデンティティについても危うい亀裂を生じる。安藤サクラの家族と妻夫木聡の家族を対比させて描くオーソドックスな構築で、安藤家の家族模様でしっかりと泣かせる、古典的な映画。

■実際、サスペンス劇としては展開や謎解きについて尻すぼみであるところは、こうした映画の宿痾であって、まあ仕方ないよね。純粋なサスペンス劇としては、ウィリアム・カッツの小説『恐怖の誕生パーティ』なども「見知らぬ夫」モノの傑作だったけど。


参考

maricozy.hatenablog.jp
安藤サクラは、こんなにいい女優なのに、『ゴジラ-1.0』の酷さはどこからきたのか?どんな演技指導を?
maricozy.hatenablog.jp
maricozy.hatenablog.jp
maricozy.hatenablog.jp

本当の家族ってなんだろうね?安藤サクラが凄かった『万引き家族』

基本情報

万引き家族 ★★★★
2018 ヴィスタサイズ 120分 @アマプラ
撮影:近藤龍人 照明:藤井勇 美術:三ツ松けいこ 音楽:細野晴臣 原案、脚本、編集、監督:是枝裕和

感想

■団地群の谷間に残る廃屋のような平屋に棲む5人の家族は低賃金労働と国民年金と万引きでかつかつの生活を続けていたが、それでもなんだか楽しそうな生活を送っている。でも、家族には大きな秘密があり、成長した少年は万引きに罪悪感を覚え始める。。。

■散々話題になった是枝監督の代表作だけど、さすがに優等生的によくできているし、誰が観てもわかりやすいし、日本のシビアな現代を直截に描いているし、文句がないわけではないけど、端的にいい映画ですよ。例えば大島渚の『少年』は参照されていると思うけど、大人たちの描き方が根本的に違っていて、是枝監督はとても視線が優しい。ダメな大人たちを安易に(?)糾弾しない。リアルに考えると、大島渚というか田村孟くらい、シビアに描くところだけど、なぜか甘くて、でもそれゆえに見やすい映画になっている。嫌な感じにならない。そこは、昔の日本映画との違いだと思う。

■なんと主演のリリー・フランキー演じる日雇い人夫で万引き犯のダメ男も、非常に優しい男として描かれ、『少年』の父親のように作者に否定されるべき主義主張を背負ってはいない。万引き被害を受けながら、大目に見ている駄菓子屋の主人(柄本明)なども、かなり理想主義的、懐古的に描かれる。そこは是枝監督の戦略的な優しさだと思う。もっとリアルに突き放して描くことはできるはずだから。

■ネグレクトされた子どもの誘拐というモチーフでは明らかに坂元裕二の『Mother』を意識していて、その証拠に後に『怪物』で坂元裕二と組むことになる。『Mother』は古臭い母ものドラマだったけど、そもそも坂元裕二は古臭い母ものドラマの歴史そのものを知らないから新鮮な気持ちで取り組んだわけだろう。『Mother』には天才子役の芦田愛菜がいたから、そこに寄せていけばお涙頂戴になったけど、本作はさすがにそのアプローチは取らない。でも、主役の少年にはちゃんと美少年を据えるところは、是枝監督も商売を意識している。

■とにかく樹木希林とか安藤サクラにドキュメンタルな演技を要請して定着させたところは並の仕事じゃなくて、ひたすら見惚れる。樹木希林は当然としても、あまりに凄いし、安藤サクラも天賦の才能を自然と発揮している。安藤サクラなんて、事細かな演技指導なんて必要なくて、現場にポン置きでほとんどできてしまう人だと思うけど、その底力(芸能の血)をいかんなく発揮する。逆に『ゴジラ-1.0』での浮きまくった芝居と科白が、いかに山崎貴の無理くりな歪んだ演技指導によるものかがよく分かるというもの。逆に凄いな、山崎貴

■これが昭和時代なら、大塚和が製作する日活映画などで、少年たちの置かれた厳しい現実を直視しながらも、それでもこれからは今よりは良くなるはず!という楽天的な終わり方ができたのだが、本作もそうだけど、現実にある問題点や矛盾を抉って、でも、それがやるせない嘆息しかもたらさないというところが近年の映画の特徴。実際にみなそう思っているから、そうなんだけど、そこにはもう一つ無理くりでも飛躍が欲しかった気はする。

■寄せ集めの疑似家族が一時的に微妙なバランスを保って、血の繋がりによらない仮の繋がりによる微妙に幸福な状態を実現するが、そのバランスが崩れると、もとどおりの矛盾だらけの現実社会の柵の中に戻されるしかない。それが個々人の幸せには繋がらなくても、それが社会制度だから。そんな現実社会の限界を静かに訴える力作。よどみに浮ぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、久しくとゞまりたるためしなし、とか。本当の家族って、なんだろうね?

■ちなみに本作はあえて35㍉のフィルム撮影が行われている。ただ最近は、シネマカメラ(デジカメですよ!)でも適切なLUT(ルックアップテーブル)を適用すると、映画館で観てもほとんどフィルム撮影と見紛えるルックが得られるようになったから、そりゃ廃れますよね。でも、シネマカメラで撮りながら、あえて解像度なんかを犠牲にしてフィルムっぽく調整するというのは、倒錯的な気もするけどね。


悪くないけど、いまいち突き抜けない土橋時代劇『引っ越し大名!』

基本情報

引っ越し大名! ★★☆
2019 ヴィスタサイズ 120分 @アマプラ
原作&脚本:土橋章宏 撮影:江原祥二 照明:杉本崇 美術:原田哲男、倉田智子 音楽:上野耕路 VFXIMAGICA 監督:犬童一心

感想

■姫路から九州の日田に国替えを命じられた松平家では、なぜか引きこもりの本の虫の片桐(星野源)が引っ越し担当奉行に任じられるが、誰も国替えの経験がないなか、前任者を頼るがすでに故人であった。しかも単なる国替えでなく減俸も抱き合わせで、藩士みんなを連れてゆく余裕はなかった。。。

土橋章宏が原作、脚本なので一定の面白さは確保されているし、クライマックスにはちゃんと悪人どもとのチャンバラも描かれて、娯楽映画としての一応の体裁は整っている。でも『身代わり忠臣蔵』ほどうまくはいってないなあ。

■急に命じられた国替えをいかに成功させるか、そこに変人である主人公が頓知や思わぬアイディアを駆使して、意外な能力を発揮するというお話を想像するところだが、簡単に前任者のマニュアルを発見してしまうので、あとは本の虫たる知識の披露を若干見せるくらいで、劇的な肝の部分は、予算不足の辻褄を合わせるため、一部の藩士に帰農を指示して、姫路に置いてゆくという部分にある。松平家はその後も何度か国替えを命じられるけど、最終的に加増があり、置き去りにした藩士たちを呼び寄せることができたというお話になり、どうも予想したところと違う着地にたどり着く。それはそれで悪くはないけど、主人公が何をしたのか、主人公の何が凄いのかというところがあまりピンとこない。このあたりは原作小説を読んだほうが腑に落ちるのかもしれない。

■国替えの発端が松平藩主(及川光博)に対する柳沢吉保向井理)の衆道絡みの恨みだったりするところがさすがに土橋章宏だけど、演出的にもいまいち冴えず、特に音楽劇の部分が昔の東映映画のようにおおらかな高揚感に突き抜けないのが苦しい。趣向としては悪くないのに。クライマックスの活劇場面も、もっと盛り上がるはずだがなあ。豪胆な剣客を演じる高橋一生は楽しそうで、昔の東宝の時代劇から抜け出したような好演だけど、せっかくのアクション演出がなあ。でも、皿を飛ばして対抗するのは良かったなあ。

■一方で技術スタッフは京都のベテラン勢を揃えて贅沢な布陣で、大きな美術セットは作ってないけど、撮影チームはちゃんと蝋燭の明かりのゆらぎまで表現しているから質感は高い。照明の親方の杉本崇はなぜかCカメラまで担当しているから凄いね。キャリア長いから、なんでもやっちゃうよ。まさにライティング・カメラマン。


こんな日本に誰がした?子どもの怒りをストレートに描く政治的(?)怪獣映画『ウルトラマンブレーザー THE MOVIE 大怪獣首都激突』(ネタバレ全開)


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基本情報

ウルトラマンブレーザー THE MOVIE 大怪獣首都激突 ★★★
2024 ヴィスタサイズ 76分 @イオンシネマ京都桂川
脚本:中野貴雄 撮影:村川聰 照明:小笠原篤志 美術:稲付正人 音楽:TECHNOBOYS PULCRAFT GREEN-FUND 監督:田口清隆

感想

ウルトラマンブレーザーの待望の劇場版。TVシリーズがかなり高品質だったので、映画版だとどうなるのか気になったところだが、ニュージェネの劇場版は映画とはいえ、TVシリーズの撮影終了に続いてそのまま映画版の撮影が開始するというスタイルで、そもそも映画なみの予算は投入されていない。せいぜいTV版2、3本分程度の予算(多分)で映画を作ってしまうので、基本的に映画ならではのリッチな質感とかルックにはなっていない。TV版をそのままスクリーンで見ている感じだ。それでも近年のシネカメラの発達で、大スクリーンで観ても画調が破綻しないようになっているし、テレビ版でのあの場面やあの場面などが、大スクリーンでも立派に成立しているので感心する。

■本作もテレビ番組の番外編といった体制のこじんまりとした作風で、特に映画レベルの予算が投入されたわけではない。ミニチュアセットは完全にテレビスケールの組み方だし、本編の撮影も時間に追われて妥協していることはよく分かる(雨が降っているけどロケ撮影を敢行するとか)。むしろテレビのほうがよく撮れている場面もある。

■でも一番の見所は、事件の動機に少年の心を捉えたところだ。怪獣ゴンギルガン(さすがに大味すぎるけど)に少年の怨念が乗り移ると、怪獣は少年の心の声を大声で叫びながら、子どもたちの未来を抑圧する大人社会の悪の巣窟である霞が関に猛然と侵攻する。文科省(の古臭い建物)を一撃で粉砕するや、国会議事堂を目指す。テレビシリーズでもここまでストレートに政治的な描写は少ないのに、よりによって映画版でこんな批評性をぶち込んだ制作陣の勢いに感銘を受けた。特撮が云々、演技がどうこう言う前に、この脚本の構築には唸った。

■特撮的には、ミニチュア特撮の眼目はクライマックスの国会議事堂を段階的に壊す部分に集中して、序盤のコンビナート場面はマッチムーブ合成を駆使した田口監督の得意技で見せきる。合成カットの数とクオリティはさすがに時間がかけられる映画版。国会議事堂のミニチュア破壊もさすがに見応えがあるが、周辺の実写との馴染みは悪くて、勿体ないなあと感じる。でもなぜかホリゾントが、ギンガの頃に戻ったような味気なさで、島倉二千六は引退したんだろうけど、それにしてもここは寂しい。

■ゲスト俳優が飯田基祐とか田中美央なので、完全に『ゴジラ-1.0』を意識しているけど、飯田基祐のあたりのドラマとか演技のテンションとかはいまいちバランスがとれていない気はするなあ。

■これまでのウルトラマンの映画版では『ウルトラマンサーガ』が孤高の傑作だと思うけど、テーマ性の構築に関しては、本作もなかなか良いところに迫っている。もう少し尺と予算があれば、子どもの心の描き方にも余裕が出て、対怪獣作戦のサスペンスも描けるし、もっと映画らしくなるのになあ。特にミニチュアセットはもう少しスケール感(奥行き)が欲しいよね。


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