さすがに4Kリマスターは凄かった!三隅研次の『斬る』

基本情報

斬る ★★★☆
1962 スコープサイズ 71分 @NHK録画
企画:宮田豊 原作:柴田錬三郎 脚本:新藤兼人 撮影:本多省三 照明:加藤博也 美術:内藤昭 音楽:齋藤一郎 監督:三隅研次

感想

■因果な星の下に生まれた若侍が、自らの出自を知らされたのち、幕府大目付に士官して水戸藩に査察に訪れるが、水戸藩では反逆の謀略が渦巻き、次々と大目付暗殺を企む刺客の襲撃が。。。

■というお話なんだけど、何度観てもかなり入り組んだ特殊なお話だし、話術も特殊なので面食らう。その原因は原作小説に由来するはずだが、なかなか初見では納得できないお話。脚本は新藤兼人なので、基本的にはオーソドックスで分かりやすいお話を書く人で、こんな入り組んだ象徴主義的な脚本を書く人ではない。原作がそうだったからその通りに書いたということだと思う。また、監督の三隅研次が感覚主義的な人で、面白がってアイディアを打ち込んでくるから、異様な時代劇になった。

新藤兼人は以下のように述べていて、いつもの脚本とは異なる手法を用いたという認識のようだ。

「僕がやってみたいシナリオに『しとやかな獣』のような台詞劇と、ものをしゃべらない動きだけの劇というものがあるんですね。(中略)純粋に三段階を踏んで、冗長な台詞なはしにした。三隅君は、悪夢というか、幽玄のような世界を作っています。」
(出所:新藤兼人著『作劇術』p.204)

その意味では、新藤兼人大映京都撮影所で助監督として付き合いもあった三隅研次の嗜好を汲んで、三隅君ならこんなのできるでしょうと差し出した新境地への挑戦状だったのかしれない。

■それにしても、主人公の母親のエピソードが相当に異様なお話なのでそれだけで映画1本分の熱量があり、それを若い頃のポチャっとした藤村志保と精悍に痩せた頃の天知茂のコンビで描ききった三隅研次の演出の冴えはさすがに尋常でない。

■そもそも本作の技術スタッフは、美術の内藤昭こそ三隅研次の右腕で息の合ったコンビだが、撮影はむしろ森一生とコンビが多かった本多省三だし、音楽もおなじみの伊福部昭ではなく齋藤一郎で、撮影:牧浦地志、音楽:伊福部昭なら、正直もっと傑作になったと思う。特にラストのあたりの腑に落ちきらない感じは、伊福部昭が楽曲を書くだけで、納得感が大幅に増すはずだ。

NHKのBSで放映された4Kリマスター版だが、これまでのネガテレシネのデジタルリマスターとはタッチが大幅に違い、フィルムルックがちゃんと再現されている。昔のデジタルリマスターはビデオ映像みたいに妙にピカピカで不自然な色調だったりしたのだが、最近の4Kリマスターはオリジナルのポジプリントのタッチを重視しているようだ。フィルムの粒状性も残っているし、若干明るすぎる印象はあるが、大映京都特有のキーライトを重視した影の多い彫りの深いタッチが残っている。映画館のスクリーンでニュープリント上映を観る感じが味わえる。

■後に市川雷蔵の剣三部作と呼ばれることになる第一作だが、雷蔵特有の童貞くささがよく生きた映画で、剣三部作って結局童貞ならではの潔癖さに命をかける純な若者の話だった。本作も、大義のための母の死、妹の死、そして行きずりの若い女の献身的な死(一瞬の遭遇なのに、これに強烈な欲情を感じて、精神的に交情(?)してしまう)との予期せぬ出逢いに操を立ててしまったゆえに、女との交わりや幸福な家庭生活を夢見ることができなくなり、現世に居場所を見失った因果な青年に、この世で生き残る場所があるのだろうかと問うお話になっている。

■もちろん、ありはしないので、現世よりも来世で三人の女達の待つところに駆けつけいたいと潜在意識下で願っている、死にたがりな若者なのだ。そんな形而上学的な変な人間像をリアルに肉体化できるのは浮世離れした雷蔵くらいしかいないわけですね。

参考

三隅研次の映画は昔からいっぱい観てますよ。昔から巨匠、いやアイドル監督だったから。
それに、あの演出は結局誰も真似も継承もできなかったよね。
普通に地元京都で生い育った、地産地消の職人監督だったけど、孤高の映画監督でもあった。
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体を労れ、地獄大使!まるでセガール映画な『仮面ライダー1号』

基本情報

仮面ライダー1号 ★★★
2016 ヴィスタサイズ 96分 @DVD
企画:藤岡弘、 脚本:井上敏樹 撮影:倉田幸治 照明:斗沢秀 美術:大嶋修一 音楽:中川幸太郎鳴瀬シュウヘイ坂部剛 特撮監督:佛田洋 監督:金田治

感想

■旧ショッカーに対してノバショッカーが日本のエネルギー源を乗っ取る計画により混乱する日本に、あの男が帰ってきた!立花藤兵衛の孫娘を守るために、そう本郷猛が不死鳥のように立ち上がる!

■というお話で、仮面ライダーゴーストの世界観のなかに海外で戦い続けてきた本郷猛が参戦する。映画の作りとしては、セガール映画に似ていて、ロートルでデブっていて持病もあるから、身体は昔のように動かないけど、映画の編集トリックで悪党をなぎ倒す。冒頭のバンコクの場面からして、セガール映画感が満喫できる。

■違和感があるのは立花藤兵衛の孫娘(岡本夏美)が本郷猛のことを「たけし」と呼び捨てにするところで、普通におじさんと呼びかければいいものを、藤岡弘、のこだわりだろうか?おじさんだと『アジョシ』になってしまうから?

■なぜ命は大切なのか?すべての命は繋がっている、と素の藤岡弘、のまま本郷猛が説教を始めるのは凄いけど、さすがに珍妙だけど、往年の宿敵地獄大使大杉漣)が復活すると、ノバショッカーへの対抗心から仮面ライダーと共闘する燃える展開。しかも本郷猛から、「身体を労れ、地獄大使」と優しい言葉をかけられる始末で、お互いに50年の月日を噛みしめる。笑いながら涙がにじむ名シーン。

■でも本郷猛も仮面ライダーも不死身なのだと、置いてますます盛んなところで映画は終わり、映画館にかけつけたかつての少年たち、いまのシニア世代は感涙に咽ぶのだ。実際、かなり楽しい映画で、ちゃんとかつての少年たちを鼓舞することに成功している。俺たちはまだまだ戦える、命ある限りおれたちは不死身なのだ。

■でもオリジナルのテーマソングは流れないから、そこだけは『シン・仮面ライダー』に譲るなあ。

交通戦争で一儲け?うちの父ちゃんはアコギな『示談屋』

基本情報

示談屋 ★★★☆
1963 スコープサイズ 80分 @アマプラ
企画:久保圭之介 原作&脚本:安藤日出男 撮影:萩原泉 照明:大西美津雄 美術:柳生一夫 音楽:山本丈晴 監督:井田探

感想

■1960年代の日本は交通事故が激増して「交通戦争」と呼ばれた時代だった。そのなかで迅速な交通事故解決を図るためあくどい「示談屋」が横行した。自らすすんで示談屋家業に打って出たおやじ(小沢栄太郎)だが、その気弱な息子(川地民夫)は自動車会社の事故対応担当でノイローゼ気味。しかも事故で顔に酷い傷を負ったモデルの女(松本典子)に同情して結婚すると言い出す始末。。。

■主役はえげつない関西弁の示談屋を演じる小沢栄太郎で、安藤日出男が関西テレビに書いたオリジナル脚本が原作なので、その名残か。川地民夫は準主役で、気の弱い生真面目で初な若者を好演する。しっかりした取材に基づいて描かれた密度の濃い脚本で、さすがに見事。ただ、終盤の急展開はちょっと尻切れトンボ感が残り、そこは残念。日活映画にしては珍しく音楽が湿っぽいのも非常に惜しいなあ。

■示談屋の周囲に小池朝雄、藤村有弘といった曲者が蝟集して大声でわいわいやりあうだけで楽しい気分になってくる。小沢栄太郎小池朝雄もどぎついくらいのオーバアクト気味で、それは監督の指示なのだろう。まるで後年の東映映画なみのアクの強さ。藤村有弘はお得意の在日朝鮮人役を嬉々として演じて切れの良い演技を見せる。短い場面だけど演技にメリハリが効いているので、スタッフにも受けが良かっただろうな。待ってましたとクライマックスに特別出演的に登場するのが杉村春子で、演出もすごく気を使っているのが可笑しい。

■おなじみの佐野浅夫川地民夫の上司役をリアルに演じる(セリフが実によく書けているんだな)し、自動車会社の顧問弁護士は大森義夫で、よれよれの廃人役から弁護士まで意外と器用に演じ分ける人なのだ。

■この時期の日活のモノクロ映画の美点で、隅田川河畔でのロケ撮影がここでも秀逸で、ここはシネスコの画角が威力を発揮する。日活映画の街頭ロケ撮影は、スターを撮るというよりも、街並みごとリアルな情景を生き生きと撮ることに秀でていた。民芸映画社の撮影スタッフが卓越していたけど、日活本体ももちろん負けていない。

■監督の井田探はちょっと掴みどころがない人で、時々何を思ったのかシビアな社会派映画を撮った人。特に以下の二作は明らかに特定の主義者にしか思えないけど、ほとんどの映画は通常の娯楽路線なのだ。

■今気がついたけど、お話の構成が因果物語になっていて、「親の因果が子に報い」というかなり古臭い残酷劇の構成になっている。小沢栄太郎のどぎつい「示談屋」稼業の悪行が息子に祟る。だから交通事故で顔面に大きな傷を負うモデルはお岩さんと呼ばれるわけ。でも、基本的に喜劇タッチなので、同時期の今村昌平なども意識していたのではないか。

宇宙の涯で西部劇が始まる?良い虫は死んだ虫だけだ!『スターシップ・トゥルーパーズ』

基本情報

スターシップ・トゥルーパーズ ★★★★
1997 ヴィスタサイズ 129分 @ブルーレイ

感想

■久しぶりにブルーレイを引っ張り出して鑑賞しました。懐かしい『スターシップ・トゥルーパーズ』です。

■今見ると、キャメラワークが全く古くて、特に照明がフラットでヴィスタサイズの使い方もテレビドラマの学園モノみたいなので違和感というか、とても懐かしく感じる。でもこの違和感は実は封切り当時からあって、劇場で観たときも同じように感じた。学園モノのタッチは敢えて狙った演出で、後半の戦場シーンと対比させている。

■今回大きい液晶ディスプレイで見ると、美術装置の質感の低さが顕著で、発泡スチロールに色塗ってるだけ?って感じの装置もある。美術デザインは当時からセンスが古く、質感の低さもテレビドラマみたいに見えたものだが。でも、バグズのCGIは今見ても色あせないから、フィル・ティペット凄いなあ。

宇宙艦隊のシーンは、CGIに置き換わる直前の最後の時期の大規模ミニチュア撮影で圧巻なんだけど、最新の液晶モニターで観ると、質感がピカピカすぎてプラスチックに見えてしまう。ここは劇場で観ると、ちゃんとリアルな質感になっているので誤解のないようにしないとね。液晶モニターでは合成カットもビデオ合成に見えてしまうので困ったけど、封切り時のフィルム上映ではそんな感じはなかったよね。

■見直すたびに感心するのはVFXよりもエド・ニューマイヤーによる脚本の構成の堅実さで、前半で自分のことは自分で決めろとアドバイスを断ったラズチャック先生が戦線に復帰してリコに女の誘いは断らないもんだとアドバイスするあたりの呼応の仕方は見事。新人類(?)カールの超能力も、クライマックスでそっと役に立って、まあ嫌味になっていない。”名台詞”が云々ではなく、映画の脚本とは畢竟、構成の巧拙のことなのだ。

■一方でバグズの放つプラズマ兵器は威力が弱いという分析をもとに大艦隊がクレンダス星に突入すると次々に轟沈させられる場面の崩れ落ちそうな絶望感、情報部のカールにお前たちの分析ミスで何万人の歩兵が死んだぞとリコが詰め寄る場面とか、戦争映画らしい作劇の見せ場も随所でケレンが効いているし、一方でテーマ的にはマチズモに対する皮肉が効いている。実戦訓練中に部下を死なせて軍をさろうとするリコがブエノスアイレス崩壊の報に接して俄然戦意に目覚め、その後上官たちの戦死でトントン拍子に調子良く出世してゆく様も一種の皮肉として描かれる。いわば『ニッポン無責任時代』の植木等じゃないか。

■でも、随所で猛烈に感動してしまうのはなぜだろう。多分ベイジル・ポールドゥリスの名曲の数々に条件反射的に燃えるからなのだが、それだけでもなさそうに感じる。正義とは力、力とは武力、武力とは暴力のことだ。そうした暴力衝動を、抑制されたはずの潜在意識を、プロパガンダ的に刺激して徹底的に掻き立てる。そんな危険な心理実験映画だからではないか。

【多分ネタバレなし】全人類を、ハビタット世界に引きずり込め!『シン・仮面ライダー』

基本情報

シン・仮面ライダー ★★★
2023 スコープサイズ 121分 @イオンシネマ京都桂川
原作:石ノ森章太郎 脚本:庵野秀明 撮影:市川修、鈴木啓造 照明:吉角荘介 美術:林田裕至 音楽:岩崎琢 VFXスーパーバイザー:佐藤敦紀 副監督:轟木一騎 准監督&特撮監督:尾上克郎 監督:庵野秀明

感想

■ショッカーとは何か?ハビタット世界とは何か?プラーナとは何か?そして仮面ライダーとは何か?そんなギミックのすべてを庵野秀明が手前勝手に謎かけして、マニアックな早口で説明してくれる仮面ライダーリミックス映画。いや他の石ノ森作品も混じってますけどね。

■『シン・ゴジラ』『シン・ウルトラマン』そして『シン・仮面ライダー』と段階的に製作費が縮小していて、それは当然予想されたことだが、さすがに貧乏くさい部分がある。ロケ撮影もセットもこぢんまりしている。かと思えばキャストは豪勢で、特に長澤まさみは使い捨て状態。いや、若手女優の引き立て役を貫禄いっぱいに怪演するから、さすがのベテラン女優というべき。むしろ『シン・ウルトラマン』より良いかもね。

■『シン・ウルトラマン』が意図的に女優を変なアングルからブサイクに撮った(なぜ?)のに比べ、本作はヒロインの浜辺美波を非常に綺麗に撮っているのは立派で、それだけで作品が成立している。というか、撮影も照明もメインスタッフは同じなのにその違いは何??

■それに対して、池松壮亮柄本佑は完全に役不足で、不利な役どころだと思う。もっといろいろできる役者だからね。でも基本的に脚本は設定、考証ありきのスタイルなので、ドラマを語るより世界観を物語るタイプ。ゆえに浜辺美波西野七瀬の過去の因縁とかもしっかり描かれないから、どこにどのように感情移入すればいいのか困惑する。

■一番困るのはクライマックスが全部暗い場面なことで、トンネルの中とか薄暗いアジトの中とか、アクションが冴えないことこの上ない。VFXの手数としてはかなりのボリュームなのに、暗い場面では何がどうなっているのか見えないので意味がない。アクション演出としてもあまり新機軸がなく、仮面ライダーらしい長廻しの肉弾戦をスケールアップしてほしかったところ。VFX制作の手が多いのはわかるのだが、それにしてもCGIの質感が相変わらずなのは困った事で、白組も参加した大作なのに、正直何故に?と疑問は尽きない。『シン』シリーズって、そこは敢えてリアルテイストじゃなくて、いかにもCGIテイストを残すという選択をしているのかなあ。

■さらにいえば『シン』シリーズって結局新作曲の劇伴はオリジナル楽曲に全くかなわないことを無惨に露呈する作業で、本作も新作曲部分が悪くないのに、菊池俊輔の耳馴染みの良い70年代テイストの劇伴が流れるだけで条件反射的に燃えるから困るよね。リマスターで蘇ったエンドクレジットの子門真人の妙に若々しい歌声も鮮烈だけどね。

まさか!愛する夫がコミンテルンのスパイ?ゾルゲ事件の悲劇を描く『愛は降る星のかなたに』

基本情報

愛は降る星のかなたに ★★★
1956 スタンダードサイズ 94分 @アマプラ
企画:高木雅行 原作・脚本:猪俣勝人、糸永英一 撮影:横山実 照明:吉田協左 美術:坂口武玄 音楽:斉藤高順 特殊技術:日活特殊技部 監督:齋藤武

感想

昭和16年10月、政府中枢にも人脈を持つ高名な評論家の坂崎(森雅之)が特高に逮捕された。コミンテルンスパイ・ゾルゲの仲間として。妻(山根寿子)は弁護士(浜村純)から、夫がいかにしてゾルゲと接触して協力者になり、何を目指していたのかを知ることになる。だが、義弟は兄の売国奴の汚名を雪ぐため戦地に志願していた。。。

ゾルゲ事件連座して逮捕、1944年に処刑された尾崎秀実がその妻と娘にあてた書簡を1946年に出版したのが「愛情はふる星のごとく」という書籍で、当時大ヒットしたらしい。明らかにこれを原作としているのだが、映画にはクレジットがなく、脚本家が原作を兼ねているのは謎だ。遺族と何らかの軋轢があったのではないか。

■何しろ坂崎を演じるのが色気ざかりの森雅之なので事務所の秘書(高田敏江が大役)に一方的に慕われて、しまいには。。。というスキャンダラスな展開があり、どこまで事実に基づいているのかは不明だけど、遺族が良い顔するはずはないよね。なにしろ森雅之だから、この二人は絶対関係があるよねという描き方になっていて、映画的には面白くなるから良いんだけど、関係者は困惑することだろう。

■前半は突然逮捕されて死刑を免れない身となった夫はどんな売国活動を行っていたのか、日本をどうしようと考えて行動していたのか、その足跡を妻が間接的に追体験して(といっても弁護士役の浜村純が回想するだけだけど)理解に至るという構成になっていて、後半は妻が主役となる。妻を演じるのが山根寿子なのだが、当時は人気女優で大女優という知識はあるもものの、今観て演技的に良いかどうかは疑問があるなあ。

■基本的に家族映画として構成され、終盤は山根寿子と浅丘ルリ子のやり取りでまとめられ、夜空には日活特殊技術部の苦心による流れ星が流れる。

■ただ、思想映画としては不完全燃焼で主張がわかりにくいので、坂崎という主人公の人間性がはっきりしない。ゾルゲと日本で再開して嫌々仲間にされて、知らぬ間にコミンテルンの名簿に記載され、それにより脅されて協力しているという立場で、自分自身の主体的な判断で動いている描き方ではない。だから坂崎という人物についてはかなり批判的な描き方になっている。

■そのことは、彼の思想を信頼して満州開拓団に参加した義弟夫婦が突如手のひらを返して宣戦布告したソ連兵に虐殺されるエピソード(かなり強引な話術だけど)でも補強される。映画が製作された1956年はすでにスターリン批判が勃発し、独裁者として批判された時期なので、そうした史観も影響しているだろう。ソ連は日本が対北方の手を緩める間に日本への参戦の準備を進める猶予を得た。ソ連兵が無辜の民に銃口を向けるはずがない、義兄が信じた(本当に?)思想のシンパとしてそう語った義弟は戦地で片足を失い、満州国で虐殺される。

■その意味で、非常に残酷で非常な歴史劇なのだが、家庭劇とのバランスがちょっと微妙な気がするし、その残酷さが十分に伝わらない。坂崎とゾルゲの因縁を延々と浜村純が回想するのが、なぜか蕎麦屋で蕎麦を食いながらというシチュエーションで、いつまで蕎麦屋で粘ってるんだ?完全に蕎麦は伸びてるだろ!というくらいのボリュームのシーンが回想される。作劇術としてもかなり疑問点が多い映画なのだ。

■それにしても斎藤武市は抗いがたい運命のいたずらで理不尽に死なねばならない人のお話ばかり撮ってる人だね。先日観た『愛と死のかたみ』ではとっくに改心した若者が死刑制度に殺され、『愛と死をみつめて』では難病に取り憑かれた娘が残酷な運命を生きた末に灰と煙に還る。でもその人間の作った社会制度や神の意図の理不尽に対して露骨に怒りの声を上げるスタイルではなく、あくまで松竹由来の家族や恋人の情愛の物語としてまとめ上げる。その意味で、斎藤武市って、日活に移籍後も律儀に松竹本流を守り続けた人かもしれない。

■その意味では斎藤武市って、作風が木下恵介に似てるかもしれないなあ。あそこまで過激ではなかったけど、斎藤武市って日活の木下恵介だったんだね。

シリーズ第二作。今度は嵯峨善兵がとことんコケにされる『機動捜査班 罠のある街』

基本情報

機動捜査班 罠のある街 ★★★
1961 スコープサイズ 68分 @アマプラ
企画:柳川武夫 脚本:長谷川公之、宮田達男 撮影:松橋梅夫 照明:熊谷秀夫 美術:西亥一郎 音楽:小杉太一郎 監督:小杉勇

感想

■シリーズ第2作は一作目で主演より目立っていた二本柳寛が抜けて、青山恭二がちゃんと主役らしく頼もしくなっている。インチキ業界紙のオーナー井口(内田良平)は、キャバレーが裏で売春を行っていることを突き止めると支配人(近藤宏)を脅迫して裏のボス(嵯峨善兵)に取り次がせて仲間に入ると、犯行の口封じのために手下をも密殺してしまうが、その狙いは。。。

■というお話を前作よりもキビキビした手付きで展開する手慣れた二作目。前作から内田良平と中台祥浩らがスライドしている。本作も映像のルックはかなりベタベタで、ナイトシーンも日活銀座のあたりは光が溢れている。もっとノワールな雰囲気でもいいはずだが、本作はあくまで明朗で明快だ。

■件のキャバレーにはホステスの香月美奈子がいて、怪しげな挙動を見せるので婦警の潜入捜査官では?と疑われることになるが、その後の展開は待ってましたのおもしろ展開なので、気持ちいいよね。内田良平との秘めた関係も、あとで最初から映画を見直すと、微妙な表情の変化で匂わせているから偉いよね。

■前作は製薬会社のサラリーマンのおじさんが散々ひどい目にあったのだが、本作は大ボスであるはずの嵯峨善兵が後半に散々いたぶられる。例によって大ボスなんだけど貫禄がなくて、なんとなくコミカルな持ち味で得難い個性なんだけど、本作では内田良平に残酷な反撃を食らうことになるので、なんとなく気の毒に見えてくる。前作のサラリーマンのおじさんも酷いスケベオヤジだけど、気の毒だったのに似ている。このあたりは、長谷川公之の嗜好なのかなあ。

シリーズ第一作の主演は丹波哲郎だ!『機動捜査班』

基本情報

機動捜査班 ★★★
1961 スコープサイズ(モノクロ) 68分 @アマプラ
企画:柳川武夫 脚本:長谷川公之、宮田達男 撮影:松橋梅夫 照明:熊谷秀夫 美術:西亥一郎 音楽:小杉太一郎 監督:小杉勇

感想

■警視庁の覆面パトカー隊の活躍を描くシリーズ第一作で、監督はもともと俳優の小杉勇。日活お得意のモノクロ撮影によるリアルな情景のキリトリが今となっては貴重だけど、撮影も照明もあまり凝ってなくて、わりとサラッ撮りました風。照明なんか、ノワールではなくかなりフラットですよ。

近松組と荒川グループの抗争の種火が燻るなか、幹部の太田(内田良平)がムショで知り合った小池(丹波哲郎)と出所する。小池は荒川グループに報復を提案するが。。。

■一応主役は青山恭二なんだけど、狂言廻し以下の扱いで、警察側の主役は二本柳寛に見えるし、本当の主役は若いのに貫禄十分な丹波哲郎だろう。この男、警察の潜入捜査官ではないのかとの疑惑を含んで抗争は激化し、警察は抗争勃発のピンポイントで機動隊の投入を準備する。

■しかも、内田良平の妹(吉行和子)が丹波哲郎に惚れるエピソードもなかなか残酷な結末で、意外に陰影が深い。

■でもいちばん印象に残るのは、単なる助平親父かと思った脇役の鈴木大介というおじさんで、吉行和子にストーカー行為を行って丹波哲郎にコテンパンにされるだけでなく、さらに弱みにつけこまれてあらぬお宝を吐き出すハメに。事件は製薬会社を巻き込んだ社会派展開になり、そのなかでやくざと会社が結託して会社の暗部を隠蔽するために密殺されるという大悲劇の主人公。とことん不幸なおじさんに涙を禁じえない。社長のほうが悪だよねえ。

■小杉勇の演出は専業監督に比べるとところどころぎこちなく、『事件記者』シリーズの山崎徳太郎などの方がうまいのだが、お話の捻りと丹波哲郎の好演でグイグイ見せる中編映画。

参考

日活のプロデューサー、柳川武夫は独特の地味な社会派路線を得意とした。特に『帝銀事件 死刑囚』を製作したのは凄い。
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大富豪はドケチ虫!観てたことすら忘れてた『ゲティ家の身代金』

基本情報

ゲティ家の身代金 ★★★
2017 スコープサイズ 133分 @DVD

感想

■なんとなく今まで観られずにいたと思いこんでいたのだが、ああ、これ観てますね。でもマーク・ウォルバーグの役柄なんて全く記憶になかったし、ブログにも記事を残していないので、あまり感心しなかったのは確実だ。実際、改めて観てもイマイチだった。

■1973年に実際に起こった大富豪ゲティ家の孫息子の誘拐事件と頭首ゲティの世界中が呆れたドケチぶりの顛末を実録映画として製作したものだが、映画的な脚色が成功していない。導入部分の時制を大胆に往復する編集はすこぶる気持ちいいのだが、終盤の展開はあまりリアリティを感じさせず、かなり安易な展開に見える。つまり、孫が開放されてからイタリアの片田舎の夜の街で助けを求めて彷徨するあたりの、ご都合主義的な展開のことだ。作劇的にはかなりラフな作りで、サスペンスもリアリティも生んでいない。

■ゲティ爺さんの因業なドケチぶりは見どころなのに、クライマックスで改心に至るエピソードの部分が十分に描けていないのが、一番の欠点だろう。そこが観客の興味の中心なので、クリストファー・プラマーとマーク・ウォルバーグのやりとりの1シーンの成否が肝になるが、正直腑に落ちない。

■孫息子は自分の跡取りにしたいと考えていて、愛情を注いでいたはずなのに、身代金の支払いについては頑なに拒むし、徐々に態度を軟化するにしても、節税対策も含めてとことん買い叩こうとする姿には、商売人の一種の哲学が内在しているはずで、単に吝嗇というわけではない。身代金の支払いに対して、適切な価格まで値下げ交渉もし、節税対策もし、家族としてではなく、冷徹な商売人としての職業倫理を全うしようとする姿には、一定のロジックがあるわけで、そこのところを観客の腑に落ちるように、一見ケチなだけに見える大富豪のその気持も理解できるなあ、というふうに描かないとドラマが深化しないのだが、デヴィッド・スカルパの脚本はそこまでの作劇に成功していない。だから、後半の展開が冴えない。

■そもそも、マーク・ウォルバーグの元CIAでゲティ家に雇われたネゴシエーターという役柄が十分に描かれず、この人物造形が不十分なのも映画を貧弱にしている。そもそも一度観ているのに、彼の役柄が全く記憶から抜け落ちていたのは、それだけ人物造形が弱いということなのだ。

参考

大富豪はドケチ虫!その日本版はすこぶるお面白い快作。山本薩夫の『傷だらけの山河』のことですよ。
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リドリー・スコットも結構当たり外れがありますね。『オデッセイ』とか『ワールド・オブ・ライズ』は良かったなあ。
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ドケチ虫といえば、これ。
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井手雅人のオリジナル脚本だけど退屈な凡作『人斬り市場』

基本情報

人斬り市場 ★★
1963 スコープサイズ 86分 @アマプラ
企画:久保寺生郎 脚本:井手雅人 撮影:竹村康和 照明:斎藤良彰 美術:内藤昭 音楽:高橋半 監督:西山正輝

感想

■長崎の抜荷利権を巡って、偶然知り合った三人の浪人たちが悪徳商人の策略にハメられると、カマをかけて隠し財産を横取りしようとするが。。。

■これなぜか井手雅人のオリジナル脚本らしいのだが、どこにこだわりがあったのか不明な凡作で、藤巻潤天知茂、城健三郎(若山富三郎)の三匹の浪人たちの絡み合いが、意外に面白くならない。悪役たちも配役の顔ぶれが小粒で、役柄もステロタイプなので、さっぱり盛り上がらない。

■ヒロインも万里昌代なので、主要な配役が新東宝組というのも妙味だし、城健三郎の豪快な存在感はさすがに主役を食うレベルなのだが、お話が全く冴えないので、いいところがない。いや、遊郭や長屋のあたりの美術セットが妙に大掛かりで豪華なのは見どころだが、基本的にかなり退屈な映画。井手雅人、何考えて書いたのかなあ?

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