【死ぬまでに観たいこの一本】『ヤングパワー・シリーズ 大学番外地』

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出典:https://www.kadokawa-pictures.jp/official/42509/
■70年安保に向かって68年ころにピークを迎える全共闘を中心とする学生運動については様々な評価がありますが、既成左翼への幻滅から新左翼が生まれ、いわゆるノンセクト・ラジカル全共闘としての運動の中心となり、学園紛争は激化、各地で機動隊と市街戦が戦われました。現在の香港の民主化デモのようなことが日本国内でも起こっていたわけですが、彼らが本気で目指したものは単なる民主化ではなく、「革命」なのでした。69年1月には、東大安田講堂で籠城戦が戦われ、学生たちの敗北に終わります。これが70年安保闘争における学生運動のわかりやすい天王山であって、弾圧され先鋭化した赤軍派らは完全に地下に潜って武装化を進め、69年11月には大菩薩峠事件で武装訓練中の赤軍派が大量検挙されます。
■といった当時の騒然とした社会情勢の中で、倒産寸前だった大映が何を思ったか打ち立てたヤングパワー・シリーズという映画がありました。といっても、その存在を知ったのはつい先日のこと。映画史的には全く未発掘の空白地帯ですね。察するに、ヤングパワー・シリーズじたいは、学生運動が全世界で燃え上がり、ヒッピーやサイケやフラワームーブメントなど、大人から見れば奇抜で奇妙な風俗が蔓延する昭和元禄の若者の新風俗を切り取った、若者向けの刺激的な青春映画として企画されたものでしょう。その第一作は『新宿番外地』(脚本:高橋二三、監督:帯盛迪彦)で、新宿を舞台に、サイケやアングラが織りなす当時の世相を残酷に切り取る青春残酷映画だったようです。
www.kadokawa-pictures.jp
惹句が奮ってますよ。こんな感じです。そういう企画意図だったわけです。

新宿―出口のない裸の街!
怒り、叫び、セックスし、フーテンし、ゲバる若者たち!
燃えたぎるヤングパワーの実態を描く――

■そして第二弾が目をつけたのが学園紛争。しかも、学生運動のバリスト中の大学構内で何が起こっているのかを描いた非常に珍しい一作です。確かに、増村の『偽大学生』などもあり、全く前例がないわけではないが、基本的にどの映画会社も敢えて企画しないタイプの素材ですね。映画会社の重役は思想的にも共感しないし、作者たちも既に松竹ヌーヴェルバーグの前衛たちはメジャーを退社して、ATGとかで前衛映画を撮っているので、普通のスタイルの劇映画は作らない。そんな中で、本来ならATGとか独立プロが作るような素材を堂々と劇映画にしてしまった大映は、いい意味でどうかしている。この時代に真正面から学生運動を劇映画として描いた、実は唯一無二の貴重な映画なのです。
■しかも脚本は須崎勝彌ですよ!東宝戦記映画でおなじみのあのおじさんですが、当時四十代半ばで働き盛り。しかも前作が大映の戦記大作『あゝ陸軍隼戦戦闘隊』というのも意味不明な感じを増幅します。どうしたんでしょうか。監督はテレビ映画しかみたことのない、個人的には未知の監督、帯盛迪彦です。
■さらに!さすがにこの時代は、メジャー五社ではほとんどカラー映画に切り替わっている時期だというのに、モノクロ映画!既に、特別な芸術的な意図を持った映画か、よっぽど低予算な作品しかモノクロでは撮影していないこの時期のことですから、明らかにこれ以上ないくらいに低予算の企画だったわけです。しかし、このモノクロ撮影に惹かれるじゃないですか。60年代後半にはモノクロ、ワイド撮影のフィルムや機材が完成の域に達しているので、ちゃんと撮ればかなり品質の高い映像が撮れるはずなのです。しかも、かなりドキュメンタルな撮影が行われたフシもあり、興味津々。
■肝心のお話は大江健三郎の原作で増村保造が監督した『偽大学生』を半分くらい踏襲している気がするけど、助監督の金子正義が原案を兼ねて、かなり本格的な青春映画になっているらしい。以下の梗概は当時のキネマ旬報の紹介記事そのままだけど、これを読むと結構本格的なニューシネマに思えますよね。特に悲劇的なラストがどのように演出されているのか是非、観てみたい。本当にこの梗概のとおりに展開してくれるなら、傑作間違いなしと思えてくるじゃありませんか!ポスターのビジュアルを見ると、どうもコメディ映画に見えるので困るのですが、あらすじを読むと完全にシリアスな青春映画なんですよね。しかも、モノクロだし。
movie.walkerplus.com
■主演の梓英子はさすがにあまり知らないので、本来ならもう少しこの時代のアンニュイなファッションが似合う女優が望ましいところですが、河原崎建三学生運動のリーダーを演じているのは興味深いですね。きっと持ち前の頼りなく不甲斐ない雰囲気で学生運動の空虚さを体現していることでしょう。大島渚の『儀式』の主人公満州男を演じるのはこの後のことです。創造社の小松方正はきっと無責任な旧体制の象徴である学長でしょうし、内藤武敏が教授役なのも納得の配役です。学長室でチョメチョメする罰当たりなシーンもあるらしいですよ。なにしろ、惹句がこんな感じですから、青春映画というよりも、エロと残酷の風俗映画として売りたかったわけですね。

ゲバ棒の中のフリーセックス!
バリケードの中の残酷なリンチ!
にえたぎるスチューデントパワーの実体をあばく!

■以上のように、こんな映画、日本映画の歴史において、ホントに他に類例がないのですよ。ああ、死ぬまでに一回、観ておきたい。
www.kadokawa-pictures.jp

参考

■こちらのレビューも何故か妙に好意的で熱いのです。みんな好きなのね。まあ、好きな人しかわざわざ観ようと思わないからね。
filmarks.com

キミが豚なら、ボクはウジ虫?今平による大群獣ネズラの試み?『豚と軍艦』

基本情報

豚と軍艦 ★★★☆
1961 スコープサイズ 108分 @DVD
企画:大塚和 脚本:山内久 撮影:姫田真佐久 照明:岩木保夫 美術:中村公彦 音楽:黛敏郎 監督:今村昌平

感想

■横須賀の弱小ヤクザたちが米兵相手の売春を規制され、米軍放出の残飯で豚を飼育するシノギに手を染めるが、横槍を入れた老ヤクザを殺し、死体の始末に困ったことからケチがつきはじめ。。。
今村昌平出世作。既に『にあんちゃん』で数々の受賞経験を持ちながら、敢えて社会の底辺に蠢くウジ虫たちの姿をこそテーマとしようと決心した意欲作。実のところ、『キューポラのある街』でもそうなのだが、同時録音の音質が悪く、台詞が不鮮明な部分が多々あり、お話の流れがわかりにくいという欠点があるのだが、なんといっても姫田真佐久の撮影が凄いから、お話よりも映像の凄さに打たれる。
大映東映のモノクロ撮影は、宮川一夫などの名手を除いて、どちらかといえばハイコントラストで陰影がキツイ映像を良しとする傾向がある。特に大映は独特の照明デザインにこだわりがあり、中間階調の豊かさよりも、陰影の表情を狙うスタイルなので、意外と中間階調が生かされない。東映の場合はもっと雑で、インパクト重視でコントラストも上げるし、粒状性も荒い。これらに比べると当時の日活のモノクロ撮影はちょっと狙いが違っていて、姫田真佐久も照明の岩木保夫も技術者としてのルーツは大映なので大映調を意識しながらも、もっとグレイゾーンを狙った画作りをしている。しかも、今村組はロケメインなので、舞台全体のディテールを中間快調の部分で表現しようとする。『キューポラのある街』では構図もオーソドックスだし、照明設計も正攻法なので、非常に細部まで綺麗なモノクロ撮影が仕上がっているが、本作ではもっと荒々しいロケ撮影が意図されている。
■なにしろ本作のモノクロ撮影は、舞台の汚らしさをそのままリアルに表現することに注意が注がれていて、海岸のバラック部落(オープンセット?ロケセット?)の崩れっぷりや、どぶ板の路地やトイレの臭ってきそうな質感がモノクロ映像で見事に表現される。どんなに汚い被写体もキャメラで撮ると、意外に綺麗に見えてしまうものだが、本作の撮影はウジ虫どもの蠢く世界の猥雑さをそのまま映像として造形している点が凄い。
■さらに、地面を這いずるウジ虫共の生態を大クレーン撮影するスペクタクルが凄いことになっている。西村晃を攻め立てる場面の長廻しなど、ロケ先の屋根を取り外して撮影したらしい。確かに、そうしないとクレーンが入れません。相米慎二の強引な長廻しは溝口健二に倣ったものと思っていたけど、ルーツはここにあったのか。吉村実子一家の話を長門裕之が壁の向こうで並行して歩きながら聞いている場面のクレーンショットのスペクタクルも凄い。こうしたセンスは今村昌平のものなのだろうか。
■お話の方は、ボーナスを弾むからと豚の世話を命じられたチンピラヤクザが、文字通り米国のブタとして暮らす横須賀から、恋人と一緒に川崎に脱出して平凡な職工として生きていけるかどうかというもので、この恋人役を新人だった吉村実子が演じて、これまた見事。最初はションベン臭いパンパン崩れ(?)という風情だが、徐々に強い意志で汚穢から脱出を図ろうとする意思的な人間として迫り上がってくる。長門裕之が彼女の引き立て役に見えてしまうのが気の毒なほど。
■他の配役もユニークで、メインは今村昌平の大学時代の演劇仲間が揃っている。特に加藤武は『キューポラのある街』の理想的な教師から一転して粗野なヤクザものを自在に演じてイキイキしている。胃弱のヤクザを演じた丹波哲郎はまだ新東宝の貧乏ムードをそのまま引きずっていて、演技に幅がない。女優陣では南田洋子が飛び抜けてリアル。単なる熱演ではなく、激しい気性をちゃんと演じあげている。こんなに上手い人だったとは。中原早苗のヒステリー演技もすっかり完成の域で、なんだか名人の伝統芸能を見ているようですね。
■ただし、今村昌平の限界はクライマックスにあり、長門がどぶ板通りで機関銃を乱射したり、ブタの軍団が走り回ったり、といった活劇やスペクタクルの要素が演出できていない。ブタの大群の暴走にはスタッフも手を焼いたはずだが、本来なら特撮を使うべきところ。合成で切り貼りして数を増やしたり、作画合成を駆使したり、スペクタクルな画角で大きな画を作ることができたはず。イメージ的には後年大映で企画される『大群獣ネズラ』の先取りとも思える趣向なので、金田啓治に頼むべきだった。『キューポラのある街』だって、金田啓治が合成カットを手伝ってるからね。(実は、本作も合成がかかっているような粒状性のルックのカットがひとつあるのだが、真相は未確認)
www.nikkatsu.com

参考

キャメラマン、姫田真佐久の本領発揮のモノクロ撮影による傑作群。ここにはないけど、熊井啓の『日本列島』も凄いよ。
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百恵がオコゼにグーパンチ!『潮騒』

潮騒 [DVD]

潮騒 [DVD]

  • 発売日: 2014/09/30
  • メディア: DVD

基本情報

潮騒 ★★★
1975 スコープサイズ 93分 @NHKBS
原作:三島由紀夫 脚本:須崎勝弥 撮影:萩原憲治 照明:熊谷秀夫 美術:佐谷晃能 音楽:樋口雄右 監督:西河克己

感想

■日本映画史には「潮騒映画」というジャンルがあってだね、と語りたくなるほどの日本映画界の定番。忠臣蔵には負けるけど、それでも異様な人気を誇るのは一種の性徴映画だからでしょうか。
■まずこのお話のいちばん重要なポイントは時代設定ですが、これはロケの都合と絡んで限定されてくる。本作は百恵、友和の扮装、髪型からそれほど昔のお話にはできない。さらに困るのが、神の存在がそれなりに実感されていた神秘的な島の雰囲気がロケでは出せないという点。本作も岸壁はすっかり護岸工事された綺麗な港になってしまっており、自然の猛威と折り合いをつかながら神の存在の実感とともに暮らす土俗的な島の雰囲気や精神性は皆無だ。その点は1954年に撮影した谷口千吉の『潮騒』がなんといっても絶品なので、後続の作品には真似できない。
■それでも小百合版『潮騒』の焦点の定まらない不甲斐なさには陥っておらず、さすがに須崎勝弥の脚本はバランスが良い。原作の小説の文章の使い方も無理がなく、特にラストの百恵・友和の船出に原作の文章をナレーションでかぶせた部分はよく効いている。有島一郎灯台長が、自分の娘が発端となった噂話についてそうと知らずに、「島に対する冒涜だ」と規定するあたりも、テーマをわかりやすくしている。
■お馴染みの乳比べの場面も当然あるし、それを言い出すベテラン海女が丹下キヨ子というのも、なかなか趣深い。切れやすいシンジのお母親が初井言榮で、期待通りに怒鳴り込んでくれるから楽しいよね。西河克己らしい話術の面白みは少ないが、ちゃんとウェルメイドな映画になっている。
■ただ、最も残念なのは日の出丸の海難シーンで、特撮場面がないこと。谷口版『潮騒』は実質的に『ゴジラ』と二個一で、円谷特撮だし、森永版『潮騒』でも金田啓治が意外にも上出来なミニチュアワークを見せてくれるのに、本作は全くなし。実際のところ、実写で使った船がどう見てもミニチュア製作が高く付きそうな外観なので、あっさり断念したのではないか。せっかく東宝の配給なので、東宝映像で川北紘一に大プールで撮ってもらえばいいのに。画竜点睛を欠くとはこのことだ。
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【コロナ禍巣篭もり企画】旧HP記事を大量追加中!旧作ぞくぞく大行進!

■コロナ禍巣篭もり企画の第二弾。まあ、既に籠もってませんけどね。
■今回の見どころは陸軍中野学校シリーズでしょうか。でも、第一作は昔過ぎて記事がないし、シリーズ全作制覇はできてない。中途半端ですまんのう。でも映画としてのオススメはなんといっても小林恒夫の『銃殺』だね。これは地味だけどなかなかの傑作。何故かDVDが出ていない。
■あとは、地味に貴重なのは黒木和雄の初期の岩波映画時代の記録でしょうか。
■そうそいう、安田公儀の『怪談累が渕』の最初の感想を発掘しましたよ。これも完成度はいまいちだけど、部分的にゾッとするほど凄い名場面がいくつかあって忘れがたい。3、4回観てるけど、最初に観たのは新世界の劇場だった。新世界公楽だったかな。その後、ビデオソフトで観て、京都文化博物館のスクリーンでも観てんだな。牧浦地志のキャメラが冴え渡る、偏愛する一作。
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SP映画の良作『美しき抵抗』

基本情報

美しき抵抗 ★★★
1960 スコープサイズ 59分
企画:大塚和 原作:中村八朗 源氏鶏太 脚本:原源一 撮影:間宮義雄 照明:安藤真之介 美術:松井敏行 音楽:八洲秀章 監督:森永健次郎

感想

■いわゆる二本立て興行の添え物映画、SP映画(シスター映画)なので上映時間はたったの59分、出演者も若手育成の観点から有名スターは出てません。そもそも誰が主役なのかも明確ではない。ポスターでは沢本忠雄がトップだが、映画では完全に脇役でほとんどアップすら無い。実質の主役は松波家の主婦、高野由美だろう。企画が大塚和なので、日活の文芸路線ですね。
■シンプルなホームドラマなのに導入が妙に大上段から始まるのだが、要は松波家の家長である助教授が大学に残って教授を目指すか、製薬会社や民間病院に天下って高額報酬を得るか、どっちを選ぶのかというお話に、一家の三姉妹のそれぞれのエピソードが絡む。結局は、娘たちに批判される従順なおとなしい主婦だったはずの高野由美が深遠なる母性本能を発動して、あなたは好きな研究をすればいいの、あなたのことは息子代わりだと思ってるから、という問題発言で回収される。
■三姉妹は香月美奈子、沢阿由美、吉永小百合で、さすがに吉永小百合の溌剌さが際立っている。この年に正式に日活と専属契約を結んでいるから、いわばお試し期間中なのだが、たしかに素質の違いは誰が観ても分かる。
■監督が森永健次郎だからなのか、撮影が間宮義雄だからなのか、ホームドラマなのにやたらとキャメラがクレーンとカドリーで動き回るのが凄いけど、ちゃんとしたセットも組んだ贅沢なモノクロ撮影。なかなかの良作なのだ。
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老巨匠による、現代のお伽噺?『大出世物語』

基本情報

大出世物語 ★★☆
1961 スコープサイズ 65分 
原作:源氏鶏太 脚本:三木克巳 撮影:横山実 照明:三尾三郎 美術:横尾嘉良 音楽:斉藤高順 監督:阿部豊

感想

■印刷会社のクズを貰い受けて生活する六さんだが、娘は印刷会社の社長の息子と身分違いの恋仲らしい。だが、印刷会社の担当者が定年で代わると、今後は出入り禁止と言い出し。。。
■いわゆる二本立て興行の添え物映画、SP映画で、主演は小沢昭一という珍品。初主演作品らしい。しかも監督がなぜか名匠、阿部豊というのも謎。どんな経緯があったのか。それにしても驚くのは、終盤の信じがたい展開で、まあ原作通りだから仕方ないのということだろうが、説得力は皆無な夢物語。当時ですら、そんなアホなと全観客がスクリーンに突っ込んだことだろう。
渡辺美佐子が訪問販売(行商?)の会社の社長として登場して、がめついおばさんパワーを見せる。かなりの老け役だけど、まだ若いと思うけどなあ。小沢昭一にしたって、随分な老け役だし。
吉永小百合浜田光夫(光曠)の関係が逆転するところが作劇の眼目で、当然同じセリフが逆の立場から繰り返されることになる。喜劇的な脚本のテクニックはセオリー通り効いているが、正直これで終わり?という感じ。基本的に喜劇だけど、阿部豊の演出が妙にのんびりしているし、メリハリが乏しいので、笑いが弾けないし、だから終盤のアホな展開も弾まないという不思議な映画。
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特撮研究②:吉永小百合と仮面ライダー誕生の意外な関係とは!?

はじめに

■みなさんは、吉永小百合と初代仮面ライダー誕生の意外な関係をご存知でしょうか。たぶん、特撮マニア畑でも東映特撮が守備範囲の方は、ああ、あの件でしょ、というくらいに知られている事実ではないかと思いますが、東宝円谷プロ系をメインフィールドとする筆者にとっては、結構意外な事実だったので、敢えてこうして記事にしてみました。
■「特撮研究」ではありますが、特撮技術や技術スタッフに関する研究ではなくて、特撮作品の成立における周辺事情に関する知られざる逸話、日本映画秘史といったところでしょうか。お気軽にお読みください。

日本(映画界)沈没?

■すでに1960年代初頭から観客は減り続け、邦画界は斜陽期に入っていたのですが、1960年代末から1970年代初めの日本映画界はまさに風前の灯火の状態でした。特に1968年から70年くらいにかけては地滑り的に邦画界をめぐる末期的な事件、奇怪な事件が頻発します。1968年12月には黒澤明が『トラ・トラ・トラ』の監督を突如解任され、1970年に円谷英二が死去すると東宝はわずか3ヶ月後には特殊技術課を廃止、特撮部門を分社化してしまいます。事実上の東宝特撮のいったんの終焉でした。
■日本映画界の稼ぎ頭はヤクザ映画とピンク映画となり、特に経営が逼迫していた日活と大映は1970年にダイニチ映配となり、共同して配給にあたる体制で生き残りを図ります。邦画界の凋落に一石を投じたのが三船敏郎石原裕次郎中村錦之助らのスタープロの登場でした。俳優自らが自分の裁量で良い映画を製作したいという動きでした。
■この時代は、日活の看板スターであった吉永小百合もにとっても、公私ともに大きな変動の時期となりました。既に1960年代後半に入るころから、五社協定の縛りを超えて憧れの松竹映画への出演を水面下で交渉していた吉永小百合事務所ですが、壁は厚く、すでに契約関係で一定の距離を置いていた日活映画が不振のため出演作も減ります。そして、1969年に早稲田大学第二文学部を卒業しますが、同年の日活との契約更新は年間2本の出演、同社の了解のもと他社の出演も可との内容になっていました。

幻の小百合版『野麦峠』とは何か?

■そんななか、1969年3⽉、誕⽣会の席上、吉永事務所は彼⼥⾃⾝の企画による第1回⾃主製作作品として、山本茂実のノンフィクション『あゝ野麦峠 ある製⽷⼯⼥哀史』の映画化を発表します。本を読んだ吉永小百合自身が映画化を願ったものでした。吉永事務所が1億円を出資して、製作:宇野重吉、脚本:八木保太郎、撮影:宮島義勇、監督:内田吐夢という重厚なスタッフで撮影を開始するというものでした。
■この映画の企画にあたっては日活と連携していた関係で懇意だった劇団民藝宇野重吉に本人が相談して、宇野重吉が差配したそうです。吉永小百合は『飢餓海峡』に感銘を受けたと後々も語っており、内田吐夢の起用は念願がかなったものでしょう。脚本の八木保太郎は大ベテランであり、何より吉永小百合の要望で製作された代表作『愛と死をみつめて』の脚本を担当して大ヒットを記録しているから、吉永事務所的に万全の座組だったことでしょう。*1撮影は『飢餓海峡』でも技術指導にあたった碧川道夫に内田吐夢から相談があり、当初は自身でキャメラを回すつもりだったようですが、最終的には、第一人者として宮島を推挙したようです。
■そして、実際に映画は1969年の夏場にクランクインしており、蚕の実景の撮影を開始したところで、なんらかのトラブルが発生して撮影が中止され、スタッフへの補償を行って、そのままこの企画は幻と消え去ります。この原因について宇野重吉は以下のように推察しています。

実は、⼩百合君に製⽷⼯⼥が⾚旗をふり⽴ててストライキをやるような映画を作らせまいとする圧⼒が、不思議な筋をたどってかかって来たものとしか考えられないのである。
宇野重吉「『あゝ野⻨峠』について」(「⺠藝の仲間121号・あゝ野⻨峠」)

また、碧川道夫は以下のように述べています。

ところが、製作を始めたとたん、あるところからブレーキがかかりました。紡績界の内部に、深く突っ込まれ、昔のことを洗いざらいされると困る⼈々がいたのです。
わずか四百フィートほど、それも蚕さんの実景を回し始めたところで、ストップ。それで、吉永サイドが、スタッフに、賠償⾦を⽀払いました。ここで吐夢の『ああ野⻨峠』はお蔵⼊り、頓挫してしまったのである。

また、以下のような記述もあります。

 彼女の前に立ちはだかったのは会社だけではない。吉永事務所を作ってマネージメントを取り仕切った父が社会派嫌いだった。『あヽ野麦峠』というかつての女工哀史を描いた本を映画化しようとした際、ストライキの場面が多く描かれた脚本に、プロデューサー役の父が同意しなかった。巨匠を監督に据えるところまで話が進んでいたのに、ついに映画化は実現しなかった。
伊良子序「昭和の女優」

制作中止の公式見解としては、吉永小百合自身が脚本に納得がいかなかったと説明されたようですが、実情は藪の中です。脚本に納得がいかなかったのは、吉永小百合本人なのか、その父親なのか。それは名分であって、何らかの圧力が働いたのか。こうして吉永事務所の初の自社製作は完全に頓挫してしまいます。
■また、後に山本薩夫が1979年に映画化を実現したわけですが、時代物なので、どう考えても相当な製作規模が想定され、舞台装置、衣装代含め美術予算なども相当膨大なものになるはずです。しかも、本来なら古巣である日活撮影所の生産ラインを使ったほうが確実と思われるのですが、どうもそういう制作体制ではなく、作品ごとに撮影プラットフォームを立ち上げる、昔ながらの独立プロ的な制作スタイルだったようなので、本当に成算があったのか不思議な気がしてくるところです。製作には日活で活躍した劇団民藝の大塚和も絡んでいたのですが、仕切りの悪さはこの時代を象徴しているような事件です。
■この自社製作が頓挫したトラブルについては当然吉永小百合自身も気に病むところがあり、以下のように述懐しています。

幾度も「もう仕事は続けられない」という局面がありました。(略)事務所で自主製作しようとしていた映画を中止し、多くの映画人に迷惑をかけたとき。(略)
吉永小百合「わたしが愛した映画たち」

1970年ころから吉永小百合は発声が不自由になる体調異変に見舞われますが、こうしたトラブルも遠因となっていたかもしれません。それにしても、近年では東映を母体として、「北の三部作」などで自身の企画によるプチ社会派映画を連作するなど、すっかり過去のトラウマを克服されたようです。

仮面ライダーはどこで産まれたのか?

■さて、ここで仮面ライダーの登場です。前フリが長かったですね。皆さん、起きてますか?
■初代仮面ライダーの製作が決定されたのが1969年とされていますが、実際の撮影開始にはハードルがありました。東映大泉撮影所が労働争議たけなわで使用できそうになかったため、急遽、代替の貸しスタジオが必要になったのです。その結果、神奈川県川崎市に細山スタジオを発見し、これを1970年から借り上げ、東映生田スタジオと名乗ったのです。このスタジオは1969年6月に完成して築浅だったものの、プレハブのバラック建てで、照明や撮影用の設備が不十分で、雨が降ると録音もできない施設でした。番組自体が低予算だったこともあり、1971年2月に開始された仮面ライダーの撮影は屋外ロケがメインとなります。そして、このスタジオの初代所長となったのが元々は東映京都出身の内田有作でした。つまり、仮面ライダーのふるさとは東映生田スタジオだったわけです。ここは、まあ常識の範疇ですね。

小百合と仮面ライダーを繋ぐミッシング・リンク

■おや、内田姓って何か聞き覚えがありませんか?そうです、この方は小百合版『あゝ野麦峠』の監督予定であった内田吐夢の次男なんです。長男の一作は日活出身で初期仮面ライダーの名演出で知られますが、次男は制作部として裏から東映特撮シリーズを支えたわけです。仮面ライダーの裏に実は大監督内田吐夢が存在したわけです。不思議な縁ですね。
■でも、不思議な縁はそれだけではないのですね。この東映生田スタジオという名称は賃借した東映が自分で名乗っていた名称で、公式な名称はあくまで細山スタジオなんですが、実は内田吐夢の『あゝ野麦峠』はこのスタジオで、1969年10月以降に撮影される予定だったのです。内田有作が細山スタジオを発見する経緯については詳細不明ですが、案外父親吐夢からの情報提供があったのではないでしょうか。明確な証言は残っていませんが、大いにありうることではないでしょうか。まあ、内田吐夢の導きがなくとも、そもそも貸しスタジオなんて、選択肢は限られるので、自然と行き着くべくして発見されたのでしょうが。

内田吐夢という補助線

■ということで、仮面ライダー吉永小百合を結びつける不思議な補助線が存在することがご理解いただけたでしょうか。キーパーソンは実は内田吐夢とその一族だったのですね。『あゝ野麦峠』が予定通り製作されていれば、細山スタジオはもっと設備が整備されていたでしょうし、その後、引き合いがあって仮面ライダーの撮影には使用できなかったかもしれませんし、設備が充実していれば、仮面ライダーのステージ撮影が増えていたかもしれないし、画作りが変わってきたかもしれません。でも、当時の東映の制作部が口を揃えて語るように、細山スタジオの設備の貧弱さも、小百合版『あゝ野麦峠』の頓挫の一因ではないかという気もするんですよね。
■誰しも呪われた映画、小林正樹の『怪談』を想起すると思いますが、あれも既存の撮影所が使用できず、宇治の日産車体の工場跡地の巨大倉庫にまず撮影所を建てたんですよね。そのおかげで製作費が膨大に拡大して、製作中から資金ショートが連続し、俳優陣からも資金援助を受けるありさまで、興行的にも不発、製作母体のにんじんくらぶを潰し、後々に禍根を残したわけです。あれと同様なきな臭い匂いがするんですよね。幻の映画『野麦峠』は、スタジオ設備の初期整備経費まで映画の予算で賄おうとしたのではないでしょうか。なにしろ、がらんどうの貸倉庫状態だったため、そうせざるを得なかったのでは。
■そもそも主要スタッフが戦前からのキャリアを持つ巨匠揃いで、当然季節感を狙った長期撮影が想定され、予算規模は膨張しがちな企画です。やっぱり金の問題が一番じゃないかと思いますが、八木保太郎も『ひろしま』なんて観ると、かなり歪な脚本も書いているので、老巨匠には要注意なんですよね。後年、本作と並行して映画化を検討していた全国農村映画協会の関係者の念願かなって山本薩夫版『あゝ野麦峠』が1979年に東宝で配給され、しかも大ヒットしたとき、吉永小百合の胸にはどんな感慨が去来したのでしょうか。。。
■ほとんど特撮っぽい話がありませんでしたけど、久しぶりの特撮研究、いかがだったでしょうか。実質的には、ほぼ、幻の映画研究でしたね。失礼しました。

急告!

■実は、小百合版『あゝ野麦峠』についてはシナリオの掲載された当時のキネ旬を入手することができました。ここでは書ききれなかった新事実があるので、後日別の記事を書きたいと思います。半年ほどの間に起こった映画製作をめぐるボタンの掛け違いによるプロジェクトの破綻の経緯は、非常に興味深いものがあります。黒澤版『トラ・トラ・トラ』ほどのスケールはないものの、同じ時期に同様の怪事件が起こっていたのです。細山スタジオ近辺でもこの映画を巡ってきな臭い動きがあり、そして、吉永事務所の小百合パパ問題が急浮上します!

参考資料

もっとも参考にさせていただいたブログです。細山スタジオの成立経緯が詳らかになる、素晴らしい資料の宝庫です。
taikino1.blog.fc2.com
www.thosenji.com
碧川道夫については、こちらを参照しました。戦前からの映画キャメラマンで、戦後は映画撮影技術に関するご意見番で重鎮でした。『あゝ野麦峠』の頃は日大を退官してフリーだったようです。
blog.goo.ne.jp

昭和の女優

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キャラクター大全 仮面ライダー大全 昭和編 AD1971-1994

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  • 発売日: 2011/07/26
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)

*1:キネマ旬報 1969年12月上旬号 No.511にこのシナリオが載っていますが、未読。しかも、「特別ディスカッション 「あゝ野麦峠」をめぐる問題 八木保太郎×吉永小百合×山本茂実×大塚和×小口賢三×山岸豊吉」という特集記事が載っている。読みたい!