市子、お前は何者だったのか?杉咲花が完全脱皮した『市子』

基本情報

市子 ★★★☆
2023 スコープサイズ 126分 @アマプラ
原作:戸田彬弘 脚本:上村奈帆戸田彬弘 撮影:春木康輔 照明:大久保礼司 美術:塩川節子 音楽:茂野雅道 監督:戸田彬弘

感想

■昨年の年末に公開されて、これは杉咲花の勝負作だろうと見当をつけていて、実際評判も良かったので映画館でみるつもりだったけど、あっという間にアマプラに登場ですよ!でもラジオにゲスト出演した杉咲花の話しぶりは、至って淡々としていて、監督含めて気負ったところがなかったのが好印象だった。なにしろ低予算映画で、撮影期間は長くないので、瞬発力が要求される現場だけど、杉咲花としてはけっこう濃密に現場に溶け込んだようだ。また、そうしたいと感じさせる企画であり脚本だったし、監督からオーダーのラブレターももらっている。実際、メジャーな売れっ子である杉咲花がよく引き受けたと感心する。その意気やよし!だし、実際よく彼女にオーダーしたよね。製作陣のそのセンスと糞度胸がこの映画の生命線だった。

■まだ新しい映画なので今回、ネタバレはありません。なのでお話については触れません。お話の内容はかなりハードでシビアなもので、察しの通り犯罪が絡むので、非常にナイーブな場面がある。物議を醸す種類のナイーブさだと思う。市子と名乗る女は、実は市子ではなく、一体何を隠して、どう生きてきたのか?そしてこれからどう生きるのか?単純にいって、そんなお話。

■とにかく杉咲花の実在感と演技者としてのポテンシャルが正当に発揮されたという意味で大成功で、女優がステージを上がる瞬間を目撃するという贅沢を味わえる映画であり、ある意味、薬師丸ひろ子の『Wの悲劇』のような映画。女優誕生の瞬間を寿ぐ映画なのだ。これまでどちらかといえば、元気で明るくてコミカルな演技をよく見てきた人だけど、その個性において突出していたので、どうみてもそれだけで収まらないポテンシャルを感じさせた若手女優。その予感が僻目でないことが明らかになる。

■お話の転がし方としては、橋本忍とか、野村芳太郎をどうしても想起するし、多分野村芳太郎が撮れば、もっとエグい傑作になったと思う。でも戸田彬弘の演出やキャメラワークは十分に秀逸だ。基本的に低予算なので、そんなに高いキャメラは使っていないはずなのに、画が実に良い。そこはホントにハリウッドの超大作の豪勢だけど退屈な画に比べて、映画としての魅力が違う。あえて欲をいえば、背景のボケ味に精細さがなくて、ぼんやり白く飛んでいるのは実に勿体ない。良い機材とレンズを使って、背景のボケ味の中にももっと立体感を描出したいところだ。昔の日活映画のモノクロ撮影なら、背景も白飛びせずに、しっかりと精細にリアリティを主張していたからね。

■ドラマとして弱いと感じるのは、市子の犯罪歴の部分で、特にラストのあれはちょっと省略し過ぎだと感じる。あそこはむしろ清張の『疑惑』のように、しっかりと描いてほしい気がした。沢口靖子のTV版『疑惑』でもかなり大掛かりに粘って撮っていたからね。低予算なので難しいけど、もう一押しエグみが欲しい気はした。

■脇役もなかなか充実した配役で、市子の母親は中村ゆりなのだった。なんだか年齢不詳だなあ。後半で重要な役となる北くんを演じる森永悠希って、どこかで見たような気がしたけど、NHKの『ブギウギ』でピアニスト役の彼じゃないか!いま、老け役で出てますよ。映画では省略されてしまった彼の心情を想像すると、泣けてきますけどね!儲け役!

補足

■ちなみに、普通の2チャンネルステレオで観たのだけど、音響が強制的にサラウンド的に左右、背後に回り込む不思議な録音になっているようで、ちょっと困惑した。普通はこうしたミックスはしないのだが、敢えての実験的なミックスだろうか?同じ人が喋っていても、カットが切り返しになると台詞が後ろから聞こえてくるというのは、観客が会話する二人の真ん中に位置するという不思議な位置関係になってしまって不自然なので、普通はやらないのだけど、どうなっているのだろうか?あるいは配信用原盤の作成の不具合だろうか?


参考

正直、杉咲花のキャラクターが被っていると思います。
maricozy.hatenablog.jp
杉咲花、無駄遣いの記録
maricozy.hatenablog.jp
maricozy.hatenablog.jp

実はジェットコースターな少女漫画だった『52ヘルツのクジラたち』

基本情報

52ヘルツのクジラたち ★★★
2024 ヴィスタサイズ 135分 @Tjoy京都
原作:町田そのこ 脚本:龍居由佳里 脚本協力:渡辺直樹 撮影:相馬大輔 照明:佐藤浩太 美術:太田仁 音楽:小林洋平 VFXスーパーバイザー:立石勝 監督:成島出

感想

■虐待されたこどもを保護した貴瑚(杉咲花)はネグレクトなシングルマザー(西野七瀬)から引き取ることを決意するが、その決断の背後には自分自身が経験した苦い経験があった。。。

■小説の映画化とは知っていたけど、ほぼ予備知識無しで観たところ、意外にもジェットコースター映画だったので驚いた。杉咲花がなかば自殺を図る場面など、意図的にステロタイプな演出で、この映画が少女漫画であることを隠そうとしない。例えば『ある男』のように、もう少しアート系の繊細な映画かと思っていたが、演出はメリハリ強めのタッチで、演技のテンションがおかしいことになっていて、まるで東映ヤクザ映画なみに急に感情が激高したり、乱闘が始まったりで、賑やかなこと。そのつもりで観ないと、ちょっと困惑するよ。

■とにかく杉咲花の演技が観たくて観に行った映画なので、その点では結構満足だし、泣いたり、笑ったり、切◯したり、あるいみ杉咲花の七変化を楽しめる。とはいえ、基本的に泣いてばかりですけどね。明らかにメロドラマとして作られていて、とにかくみんなよく泣く。何回泣いていただろうか。たぶん10分に1回くらい誰かが泣いていた。もちろん、褒めてませんよ。

杉咲花が良いのはわかっているけど、頑張ったのが完全に憎まれ役の西野七瀬で、フジの『大奥』ではどうも煮えきらない準主役を控えめに演じているけど、この映画での振り切った演技はちょっと凄い。もちろん『シン・仮面ライダー』ではハチオーグだったし、待機中の次作は『帰ってきたあぶない刑事』なので、どうもやる気満々らしい。

■一方で男優陣はどうも微妙で、そもそも志尊淳ってあまり知らない。おまけに何の意図か、ひろゆきそっくりな扮装で出てくるので、最初から最後までひたすら胡散臭い。そもそも、杉咲花との出会いの場面あたりの胡散臭さは見た目だけでなくその言動にもあり、てっきりどこかのカルト宗教の人かと思ったよ。そんな話なのか?と身構えましたよ。違うけど。

杉咲花が社長の御曹司に見初められるあたりは、もう完全に少女漫画全開で、その後の展開も定石通りだし、一体何の映画を観てるのか頭がクラクラしてくる。それでも最終的に倍賞美津子が登場するだけで映画が引き締まり、杉咲花が地域コミュニティに包摂される感じを一発で納得させてしまうのは、ご都合主義とはいえさすがに凄い。配役一発勝負だけどね。そうそう、途中で登場する路地に棲むおばさんの池谷のぶえも良くて、演劇界では実力派のベテラン女優。ちゃんといい味を出していた。

■撮影にはREDのシネマカメラが使用されたが、どうもルックがデジタル臭くて仕上げがいまいちだと感じる。特に発色が微妙で、肌色の発色が悪い。昔の出始めのシネマカメラ撮影の頃は、スクリーンで観ると肌色が汚くて閉口したものだが、本作もちょっとそんな感じ。現在と過去で色調を変えているのでそのせいもあるけど、それにしても場面によって肌色が不自然に黄色いのはどうなのか?最近はテレビドラマでもシネマカメラを使用していて、映像のルックがかなりフィルムタッチで肉厚なタッチになっているのに、逆に本作ではデジタルタッチなのは、違和感を覚えてしまう。GAGA製作による予算的な制約なのか、東映ラボの技術的な問題なのか。いまや名キャメラマンの近藤龍人はフィルムでもデジタルでも東映のラボでポスプロを行っているようだし、技術は悪くないと思うのだが。

■ちなみに、ちゃんとクジラも登場するので、クジラ映画ファンにはオススメ。


発端はよくあるサスペンス劇だが。。。『ある男』

基本情報

ある男 ★★★
2022 ヴィスタサイズ 121分 @アマプラ
原作:平野啓一郎 脚本:向井康介 撮影:近藤龍人 照明:宗賢次郎 美術:我妻弘之 音楽:Cicada 編集&監督:石川慶

感想

■旦那(窪田正孝)が林業の事故で死んだ。でも死んだ夫の兄は、これ弟じゃないと言い出す。死んだ夫は何者だったのか?知り合いの弁護士(妻夫木聡)が男の過去を探るが。。。

■お話の発端はありふれたサスペンス劇で、実際、基本的にはサスペンス劇と家族劇の融合になっていて、ちゃんと泣かせる家族劇になっているのは、さすがに松竹映画。配給だけかと思いきや、企画、製作からして完全に松竹映画。下手すれば、山田洋次が撮っていたかもしれないくらいの勢いだ。

■原作は純文学だとおもうけど、映画は非常にわかりやすくできているし、安藤サクラも期待通りにナチュラル演技で良い塩梅だし、窪田正孝くんもよく頑張ってる。なにしろ途中はボクシング映画になってしまうので、映画のために鍛えましたね、きっと。眞島秀和の嫌味加減もいい具合だった。良い俳優になったよね。大きな秘密を握る囚人が柄本明で、少し前なら山崎努とかが演じたかもしれないけど、今の日本映画ではほぼ柄本明が独占している。それだけ役者の層が薄くなっているということ。実際、柄本明の配役は当たり外れがあり、打率は5割くらいじゃないかと思う。本作も悪くはないし、ユニークな味はあるけど、意外性はないよなあ。

■もうひとりの「ある男」である妻夫木聡は在日三世であって、周囲にはなにげに差別的な人がいて、それどころか柄本明には露骨に差別発言を投げかけられるけど、彼が追う「ある男」だけでなく、自分自身のアイデンティティについても危うい亀裂を生じる。安藤サクラの家族と妻夫木聡の家族を対比させて描くオーソドックスな構築で、安藤家の家族模様でしっかりと泣かせる、古典的な映画。

■実際、サスペンス劇としては展開や謎解きについて尻すぼみであるところは、こうした映画の宿痾であって、まあ仕方ないよね。純粋なサスペンス劇としては、ウィリアム・カッツの小説『恐怖の誕生パーティ』なども「見知らぬ夫」モノの傑作だったけど。


本当の家族ってなんだろうね?安藤サクラが凄かった『万引き家族』

基本情報

万引き家族 ★★★★
2018 ヴィスタサイズ 120分 @アマプラ
撮影:近藤龍人 照明:藤井勇 美術:三ツ松けいこ 音楽:細野晴臣 原案、脚本、編集、監督:是枝裕和

感想

■団地群の谷間に残る廃屋のような平屋に棲む5人の家族は低賃金労働と国民年金と万引きでかつかつの生活を続けていたが、それでもなんだか楽しそうな生活を送っている。でも、家族には大きな秘密があり、成長した少年は万引きに罪悪感を覚え始める。。。

■散々話題になった是枝監督の代表作だけど、さすがに優等生的によくできているし、誰が観てもわかりやすいし、日本のシビアな現代を直截に描いているし、文句がないわけではないけど、端的にいい映画ですよ。例えば大島渚の『少年』は参照されていると思うけど、大人たちの描き方が根本的に違っていて、是枝監督はとても視線が優しい。ダメな大人たちを安易に(?)糾弾しない。リアルに考えると、大島渚というか田村孟くらい、シビアに描くところだけど、なぜか甘くて、でもそれゆえに見やすい映画になっている。嫌な感じにならない。そこは、昔の日本映画との違いだと思う。

■なんと主演のリリー・フランキー演じる日雇い人夫で万引き犯のダメ男も、非常に優しい男として描かれ、『少年』の父親のように作者に否定されるべき主義主張を背負ってはいない。万引き被害を受けながら、大目に見ている駄菓子屋の主人(柄本明)なども、かなり理想主義的、懐古的に描かれる。そこは是枝監督の戦略的な優しさだと思う。もっとリアルに突き放して描くことはできるはずだから。

■ネグレクトされた子どもの誘拐というモチーフでは明らかに坂元裕二の『Mother』を意識していて、その証拠に後に『怪物』で坂元裕二と組むことになる。『Mother』は古臭い母ものドラマだったけど、そもそも坂元裕二は古臭い母ものドラマの歴史そのものを知らないから新鮮な気持ちで取り組んだわけだろう。『Mother』には天才子役の芦田愛菜がいたから、そこに寄せていけばお涙頂戴になったけど、本作はさすがにそのアプローチは取らない。でも、主役の少年にはちゃんと美少年を据えるところは、是枝監督も商売を意識している。

■とにかく樹木希林とか安藤サクラにドキュメンタルな演技を要請して定着させたところは並の仕事じゃなくて、ひたすら見惚れる。樹木希林は当然としても、あまりに凄いし、安藤サクラも天賦の才能を自然と発揮している。安藤サクラなんて、事細かな演技指導なんて必要なくて、現場にポン置きでほとんどできてしまう人だと思うけど、その底力(芸能の血)をいかんなく発揮する。逆に『ゴジラ-1.0』での浮きまくった芝居と科白が、いかに山崎貴の無理くりな歪んだ演技指導によるものかがよく分かるというもの。逆に凄いな、山崎貴

■これが昭和時代なら、大塚和が製作する日活映画などで、少年たちの置かれた厳しい現実を直視しながらも、それでもこれからは今よりは良くなるはず!という楽天的な終わり方ができたのだが、本作もそうだけど、現実にある問題点や矛盾を抉って、でも、それがやるせない嘆息しかもたらさないというところが近年の映画の特徴。実際にみなそう思っているから、そうなんだけど、そこにはもう一つ無理くりでも飛躍が欲しかった気はする。

■寄せ集めの疑似家族が一時的に微妙なバランスを保って、血の繋がりによらない仮の繋がりによる微妙に幸福な状態を実現するが、そのバランスが崩れると、もとどおりの矛盾だらけの現実社会の柵の中に戻されるしかない。それが個々人の幸せには繋がらなくても、それが社会制度だから。そんな現実社会の限界を静かに訴える力作。よどみに浮ぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、久しくとゞまりたるためしなし、とか。本当の家族って、なんだろうね?

■ちなみに本作はあえて35㍉のフィルム撮影が行われている。ただ最近は、シネマカメラ(デジカメですよ!)でも適切なLUT(ルックアップテーブル)を適用すると、映画館で観てもほとんどフィルム撮影と見紛えるルックが得られるようになったから、そりゃ廃れますよね。でも、シネマカメラで撮りながら、あえて解像度なんかを犠牲にしてフィルムっぽく調整するというのは、倒錯的な気もするけどね。


悪くないけど、いまいち突き抜けない土橋時代劇『引っ越し大名!』

基本情報

引っ越し大名! ★★☆
2019 ヴィスタサイズ 120分 @アマプラ
原作&脚本:土橋章宏 撮影:江原祥二 照明:杉本崇 美術:原田哲男、倉田智子 音楽:上野耕路 VFXIMAGICA 監督:犬童一心

感想

■姫路から九州の日田に国替えを命じられた松平家では、なぜか引きこもりの本の虫の片桐(星野源)が引っ越し担当奉行に任じられるが、誰も国替えの経験がないなか、前任者を頼るがすでに故人であった。しかも単なる国替えでなく減俸も抱き合わせで、藩士みんなを連れてゆく余裕はなかった。。。

土橋章宏が原作、脚本なので一定の面白さは確保されているし、クライマックスにはちゃんと悪人どもとのチャンバラも描かれて、娯楽映画としての一応の体裁は整っている。でも『身代わり忠臣蔵』ほどうまくはいってないなあ。

■急に命じられた国替えをいかに成功させるか、そこに変人である主人公が頓知や思わぬアイディアを駆使して、意外な能力を発揮するというお話を想像するところだが、簡単に前任者のマニュアルを発見してしまうので、あとは本の虫たる知識の披露を若干見せるくらいで、劇的な肝の部分は、予算不足の辻褄を合わせるため、一部の藩士に帰農を指示して、姫路に置いてゆくという部分にある。松平家はその後も何度か国替えを命じられるけど、最終的に加増があり、置き去りにした藩士たちを呼び寄せることができたというお話になり、どうも予想したところと違う着地にたどり着く。それはそれで悪くはないけど、主人公が何をしたのか、主人公の何が凄いのかというところがあまりピンとこない。このあたりは原作小説を読んだほうが腑に落ちるのかもしれない。

■国替えの発端が松平藩主(及川光博)に対する柳沢吉保向井理)の衆道絡みの恨みだったりするところがさすがに土橋章宏だけど、演出的にもいまいち冴えず、特に音楽劇の部分が昔の東映映画のようにおおらかな高揚感に突き抜けないのが苦しい。趣向としては悪くないのに。クライマックスの活劇場面も、もっと盛り上がるはずだがなあ。豪胆な剣客を演じる高橋一生は楽しそうで、昔の東宝の時代劇から抜け出したような好演だけど、せっかくのアクション演出がなあ。でも、皿を飛ばして対抗するのは良かったなあ。

■一方で技術スタッフは京都のベテラン勢を揃えて贅沢な布陣で、大きな美術セットは作ってないけど、撮影チームはちゃんと蝋燭の明かりのゆらぎまで表現しているから質感は高い。照明の親方の杉本崇はなぜかCカメラまで担当しているから凄いね。キャリア長いから、なんでもやっちゃうよ。まさにライティング・カメラマン。


こんな日本に誰がした?子どもの怒りをストレートに描く政治的(?)怪獣映画『ウルトラマンブレーザー THE MOVIE 大怪獣首都激突』(ネタバレ全開)


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基本情報

ウルトラマンブレーザー THE MOVIE 大怪獣首都激突 ★★★
2024 ヴィスタサイズ 76分 @イオンシネマ京都桂川
脚本:中野貴雄 撮影:村川聰 照明:小笠原篤志 美術:稲付正人 音楽:TECHNOBOYS PULCRAFT GREEN-FUND 監督:田口清隆

感想

ウルトラマンブレーザーの待望の劇場版。TVシリーズがかなり高品質だったので、映画版だとどうなるのか気になったところだが、ニュージェネの劇場版は映画とはいえ、TVシリーズの撮影終了に続いてそのまま映画版の撮影が開始するというスタイルで、そもそも映画なみの予算は投入されていない。せいぜいTV版2、3本分程度の予算(多分)で映画を作ってしまうので、基本的に映画ならではのリッチな質感とかルックにはなっていない。TV版をそのままスクリーンで見ている感じだ。それでも近年のシネカメラの発達で、大スクリーンで観ても画調が破綻しないようになっているし、テレビ版でのあの場面やあの場面などが、大スクリーンでも立派に成立しているので感心する。

■本作もテレビ番組の番外編といった体制のこじんまりとした作風で、特に映画レベルの予算が投入されたわけではない。ミニチュアセットは完全にテレビスケールの組み方だし、本編の撮影も時間に追われて妥協していることはよく分かる(雨が降っているけどロケ撮影を敢行するとか)。むしろテレビのほうがよく撮れている場面もある。

■でも一番の見所は、事件の動機に少年の心を捉えたところだ。怪獣ゴンギルガン(さすがに大味すぎるけど)に少年の怨念が乗り移ると、怪獣は少年の心の声を大声で叫びながら、子どもたちの未来を抑圧する大人社会の悪の巣窟である霞が関に猛然と侵攻する。文科省(の古臭い建物)を一撃で粉砕するや、国会議事堂を目指す。テレビシリーズでもここまでストレートに政治的な描写は少ないのに、よりによって映画版でこんな批評性をぶち込んだ制作陣の勢いに感銘を受けた。特撮が云々、演技がどうこう言う前に、この脚本の構築には唸った。

■特撮的には、ミニチュア特撮の眼目はクライマックスの国会議事堂を段階的に壊す部分に集中して、序盤のコンビナート場面はマッチムーブ合成を駆使した田口監督の得意技で見せきる。合成カットの数とクオリティはさすがに時間がかけられる映画版。国会議事堂のミニチュア破壊もさすがに見応えがあるが、周辺の実写との馴染みは悪くて、勿体ないなあと感じる。でもなぜかホリゾントが、ギンガの頃に戻ったような味気なさで、島倉二千六は引退したんだろうけど、それにしてもここは寂しい。

■ゲスト俳優が飯田基祐とか田中美央なので、完全に『ゴジラ-1.0』を意識しているけど、飯田基祐のあたりのドラマとか演技のテンションとかはいまいちバランスがとれていない気はするなあ。

■これまでのウルトラマンの映画版では『ウルトラマンサーガ』が孤高の傑作だと思うけど、テーマ性の構築に関しては、本作もなかなか良いところに迫っている。もう少し尺と予算があれば、子どもの心の描き方にも余裕が出て、対怪獣作戦のサスペンスも描けるし、もっと映画らしくなるのになあ。特にミニチュアセットはもう少しスケール感(奥行き)が欲しいよね。


コンプライアンス云々以前に、病気で血尿が出てる高校生に徹夜仕事させちゃダメ!集英社はホントにそれで良いの?『バクマン。』

基本情報

バクマン。 ★
2015 ヴィスタサイズ 120分 @DVD
原作:大場つぐみ小畑健 脚本:大根仁 撮影:宮本亘 照明:冨川英伸 美術:都築雄二 音楽:サカナクション VFXスーパーバイザー:道木伸隆 監督:大根仁

感想

■高校生二人が原作と作画を分担して漫画家デビューして、ジャンプの連載、さらにアンケート1位を狙いに行くが。。。

■というお気楽なお題をトントン拍子に綴る素朴に上昇志向な青春映画。それはそれで悪くないけど、第三幕がちょっと酷いので、さすがにびっくりした。原作漫画を短くまとめるのに苦労したのだろうけど、いくらなんでもこれはダメでしょう。10年前の映画とはいえ、いくらなんでも昭和元禄か?という雑さ。「友情・努力・勝利」という少年ジャンプの幼稚な(!)哲学を、なぜか無批判でそのまま劇化したために、えらいことに。

■いくらなんでも過労で血尿(しかも鮮血!)が出て入院している高校生が病院を抜け出して徹夜して漫画を仕上げるという筋立ては、コンプライアンス云々の借り物の胡散臭い概念を持ち出すまでもなく、厚労省的に、あるいま文科省的にダメでしょう。ほとんど鮮血状の血尿が出て入院しているのを抜け出して、連載の締切に間に合わせるという段取りをクライマックスに仕立てて、それをあたかも良いこと(それが「努力」?)のように描く。血尿舐めるなよ!というお話ですよ。それ努力じゃないよ!しかも、主人公は高校生で締め切りに追われて、授業中はずっと寝てるわけで、本末転倒も甚だしい。集英社の儲けにとっては好都合かもしれないけど、まだ学生なので、労働の前に学習ですよね、常識的には!これ完全に搾取の構造です!

大根仁の演出的にはノリノリで悪くないけど、脚本構成の思想がいくらなんでも雑すぎる。漫画家同士の対決をVFXのを駆使してイメージ的に映像化した場面も、プロジェクションマッピングなども使った、技術的には意欲的な映像処理ではあるけど、端的にいって要らないよね。幼稚過ぎる。

■こうして大根仁の映画を辿ってみると、『エルピス』は明らかにそれまでの段階とステージが異なる。大根仁はあれで、確実に階段を登ったのだ。自分で脚本を書いている限り、その僥倖は訪れなかっただろうね。

補足

■これとほとんど同じお話の映画があります。なぜかあまり話題にならない『ハケンアニメ!』です。こちらは間違いなく傑作なので、『ハケンアニメ!』を観てください。ちゃんと地に足がついていて、グサグサ刺さって、心が血を流します。凄いよ。
maricozy.hatenablog.jp


開けてビックリ!コメディ時代劇の秀作『身代わり忠臣蔵』

基本情報

身代わり忠臣蔵 ★★★☆
2024 ヴィスタサイズ 119分 @TJOY京都
原作:土橋章宏 脚本:土橋章宏 撮影:木村信也 照明:石黒靖浩 美術:松宮敏之 音楽:海田庄吾 監督:河合勇人

感想

■お馴染みの忠臣蔵だけど、瀕死の吉良上野介が替え玉(ムロツヨシ)にすり替わっていた?しかも、大石内蔵助永山瑛太)と肝胆相照らす旧知の仲だったとしたら?

■という奇抜な着想によるコメディ時代劇で、意外にもかなり上出来な風刺劇。お馴染みの土橋章宏が書いた小説の映画化だけど、今回は松竹ではなく東映時代劇であるところが異色。といっても、ロケ地も同じだし、ロケセットも同じなので、ほとんど違いはない。見分けがつかない。残念ながらね。美術は東映の松宮敏之だけど、明らかに低予算で、意匠を凝らした大きなセットは組めない。例えば大奥ものなどのほうが、豪華なセットを組んでいた。それでも見栄えが貧乏くさくならないのは、お馴染みの寺院でのロケ撮影の賜物。

■もともとの発想は傑作『デーヴ』だと思うけど、忠臣蔵に移植したのは慧眼だし、武家社会だけでなく現代社会への風刺になっているところは非常に偉いところ。吉良の偽物と大石の友情で泣かせるし、殿中で刃傷事件を起こした吉良家も浅野家も幕府の面目をつぶしかねない厄介者だからぜんぶまとめてなかったものにしようと企む徳川幕府に反抗してゆく筋立ても、実に東映らしくて良い。コメディ時代劇だけど、意外と正統派時代劇なのだ。そのあたりは土橋章宏がぜんぶ飲み込んで、自家薬籠中のものとしているから、頼もしい限りだ。

ムロツヨシはコメディ演技が注目されるけど、『呪怨 白い老女』などでもわかるとおり、シリアスに演じると非常に底知れない気色悪い人間像を演じることができる変な人。一方、大石を演じるのは、みんな大好き永山瑛太で、身分の低い武士ゆえに他家に仕官も叶わぬ四十七士の再就職かなえるために仇討ちの成功を祈念する人情家で、弱いものの味方。吉良家の家老の齋藤宮内が林遣都で、吉良との間の男色関係を匂わせるのも、さすが東映ムロツヨシとの間のドツキ漫才風味が単純に楽しいけど、いまどき頭をどつくのはテレビでは無理なんだろうね?(吉本新喜劇でやってるか)

■シーンつなぎの編集が非常に切れが良くて、若干噛み気味に場面転換するので、非常にテンポが良い。編集は瀧田隆一という人で、あの『見えない目撃者』も編集しているから、こりゃ本物だね。一方で、VFXはマット画を多用していて、低予算なのにやたらとパノラマ的な大きな絵を見せようとする。富士山も江戸城赤穂城も赤穂の塩田の情景も。しかもあまりリアル路線ではなくて、いかにも絵に描きましたというタッチ。コメディなので敢えての演出意図だろう。しかもマット画は有働武史だよ。
maricozy.hatenablog.jp

■最後には一応お約束どおりチャンバラもあるけど、あまり新味はないし、上手くもないのは、コメディとしての本来の狙いを妨げないバランスだろう。でもなぜか岡本喜八の『侍』のあの場面が引用されたりして、油断がならない。

補足

■原作小説をぱらぱらめくってみて驚くのは、映画とタッチが全く異なること。原作者が自作を映画用に脚色しているけど、ほとんど全面的に書き直しくらいのアダプテーションになっている。土橋章宏が映画企画に求められるPや監督の注文を大幅に盛り込んで、コメディとして再構成して脚色したようだ。それはそれで凄く柔軟な対応力ですね。素直に感心しました。



参考

maricozy.hatenablog.jp
maricozy.hatenablog.jp

永山瑛太の役柄のチョイスには哲学があって凄いと思う。『エルピス』にも◯◯の役で出てたからね!
maricozy.hatenablog.jp
maricozy.hatenablog.jp
maricozy.hatenablog.jp

このムロツヨシは凄かったよね。
maricozy.hatenablog.jp

寅さん、海を渡る?東映Pの謎企画『ぼくのおじさん』

基本情報

ぼくのおじさん ★★☆
2016 スコープサイズ 110分 @DVD
原作:北杜夫 脚本:春山ユキオ 撮影:池内義浩 照明:岩下和裕 美術:原田恭明 音楽:きだしゅんすけ 監督:山下敦弘

感想

ぼくのおじさんは、哲学者だけど、貧乏でぐーたらな居候だ。おじさんのことを書いた作文が懸賞で入選して、ハワイ旅行に行くことになったんだけど。。。

山下敦弘が『カラオケ行こ!』の前に撮っていた少年を愛でる映画。といっても変態映画じゃありませんよ。東映のPの須藤泰司が自分で脚本も書いた念願の企画で、松田龍平への宛書。でも一番引っかかるのは、いつの時代の話?という部分で、そこはあまり綺麗に解決されていない。そもそも原作は昭和30年代の話で、ハワイへ行くことの意味が、かなり違う。もちろん、そのことは監督も役者もわかっていて、そこを追及したらこの企画終わりだよねという認識で、企画に乗っている。でも、観客はなかなか素直に飲み込めないから、そこが根本的な弱点。

■しかも、全体の作りが寅さんになっているのも困りもので、寅さんにしか見えない。ヒロインが真木よう子で、山下監督は『週刊真木よう子』でも良いエピソードを撮っているけど、このヒロイン役はちょっと厳しい。そもそもおじさんが恋に堕ちる場面の白く飛んだカットが、単純に綺麗じゃない。純粋に技術的な問題だけど。それに、ハワイで働く女性ということで、顔が日に焼けてちょっとかさかさした乾燥した感じをリアルに狙っているので、女優の撮り方としては、さすがに厳しい。そんなリアルな映画じゃないのに。しかも、主筋の部分がお金の話だしね。おじさんがハワイ旅行の懸賞を当てるために、空き缶を集めるエピソードは単純に楽しいのにね。

■おじさんと恋のライバルになるのが戸次重幸という人なんだけど、知らない人だよ(薄々知ってるけど)。。。脇役として寺島しのぶ宮藤官九郎戸田恵梨香と無駄に豪華なのに、肝心の配役がこれでいいのか?このあたりのバランス感覚の歪さが、どうも娯楽映画としての枠を崩している。

■でも主役の大西利空という子役が素晴らしいので、子役と松田龍平のユニークな個性とのアンサンブルだけで持っている映画といえる。大西くん、常に頭頂部がつやつや光り輝いて、ナチュラルに天使の輪が出まくりなので、きっとリアル天使に違いない。『カラオケ行こ!』にしても、半素人子役の活かし方について、山下監督はなにか特別なメソッドを持ってるに違いないね。それはそれで演出家として凄いと思うぞ。もちろん、昔の相米慎二みたいにしごいているわけではないしね。基本的に脚本に無理がある企画なので、山下監督の仕事としては悪くないし、オーソドックスな出来栄えとも思うし、真珠湾を望み観る良い場面もあるけど、まあ、脚本が冴えないと、取り返せないわな。という映画でした。残念。


破れ鍋に綴じ蓋?地味ながらオールスター映画『オーバー・フェンス』

基本情報

オーバー・フェンス ★★★
2016 ヴィスタサイズ 116分 @アマプラ
原作:佐藤泰志 脚本:高田亮 撮影:近藤龍人 照明:藤井勇 美術:井上心平 音楽:田中拓人 VFXプロデューサー:浅野秀二 監督:山下敦弘

感想

■結婚生活が破綻して故郷の函館で職業訓練学校に通いながらも無為な日々を過ごす男(オダギリジョー)は、エキセントリックなホステスの女(蒼井優)と出逢い、はじめは警戒するが、喧嘩別れすると、何故か気にかかり。。。

■「フェンス」なんていうから、在日米軍のフェンスがどうしたの?とか思ってしまうのは、監督が以前に『マイ・バック・ページ』を撮っていたからですね。閑話休題

東京テアトル70周年記念作品なので、とても地味な小さな映画なのにオールスターの配役で、そこは非常に豪華な映画になっているし、『海炭市叙景』『そこのみにて光輝く』の前二作に比べると、案外わかりやすく飲み込みやすいドラマになっている。オダギリジョーは脇役で変な役ばかりやってる印象だけど、ちゃんと主役で真面目に取り組んでしかるべき貫禄を見せる。

蒼井優はもちろん実力派なのでなんの心配もないけど、なにしろかなり「ぶっ壊れた女」なので、さじ加減が難しいところ。鳥の求愛行動を真似て踊りだすという趣向は映画のオリジナルらしいけど、よく考えたね。大成功。『溺れるナイフ』の舞踏シーンの寒々しさと比べてみるとその違いがよく分かる。

■割れ鍋に綴じ蓋という言葉があるように、男女は単独では欠けたもの同士だが、一つになって初めて完成する器なのだ(爺か!)。ぶっ壊れた女と、妻を壊してしまった男が出逢うことで、自分の意識や認識を超えたところで、というか意識の下で引き合うことになる。それが悲劇で終わらないところがこの映画の優しさだし、東京テアトル70周年という記念映画にふさわしいところだろう。

■その祝福のために、松田翔太北村有起哉満島真之介、優香、安藤玉恵らが結集したわけ。松田翔太なんて、完全にオダジョーにゾッコンで、一緒にクラブを経営しようとか誘いながら、実は違う誘いをかけていたのだ。自分も寝た女をオダジョーに充てがって、義兄弟の盃のつもりだったけど、オダジョーが本気で女に惚れると失望(失恋?)してしまう。

■しかし、山下敦弘って、すっかり安定感のあるベテラン監督になったんだなあ。最近のメジャーな二作を観ても、ソツがないしなあ。


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